古代史の謎– category –
-
古代史の謎
福岡県に残る中臣の名前。北九州市八幡東区諏訪「枝光八幡宮」内の「中臣神社」
用事があり北九州市立美術館エリアを調べた時に見つけた、美術館近くの「枝光八幡宮」。 少し調べてみたら、神社内に珍しい咳の神様が祀られていて、その神社の名前は「中臣神社」。 今を去る二千数百年の昔、神功皇后三韓御征伐のみぎり、御船にて海路こ... -
古代史の謎
大和朝廷に歯向かった磐井は悪者ではなく、筑紫の英雄だった。
歴史の教科書に出てくる古代最大といわれる内乱「磐井の乱」。 教科書ではまるで悪者のように書かれていたと、昭和50年代生まれの自分は記憶していますが、大人になってからそれは誤った認識であることを知りました。 筑紫の国造(くにのみやつこ)磐井が... -
古代史の謎
木の国(紀の国)と北部九州をつなぐ丹生神社が大分県中津市にもあった
以前から「伺います」と言っていた神楽を見に行ったら、幟に「丹生神社」と書かれていて目を疑った。 「丹生」とはまさか、嬉野で見た丹生神社との関わりかと思ったら、由緒書きを見たら、嬉野どころか調べていた日本最古の龍神を祀る木の国(紀の国)(=... -
古代史の謎
古代の「丹(に)」や「朱(しゅ)」「辰砂(しんしゃ)」とはこれ?
先日、「佐賀県嬉野市の丹生神社は紀伊国高野丹生山からの遷座」という記事を書いている時に「丹生神社」の「丹」について調べていて、もしかしたらあれが「丹」なのかと思った画像を、備忘録代わりに残しておきます。 硫化水銀(辰砂)」とは別に鉄丹(ベ... -
古代史の謎
歴史の専門家にも右三つ巴紋の謎を尋ねて返ってきた言葉は「さぁ、考えたこともない」。だから自分で調べ発信することにした。
「なぜ宇佐神宮とは逆向きの巴紋(右三つ巴紋)があるんでしょうか?」 私がこれまで巡ってきた北部九州の神社のなかに、宇佐神宮とは逆向きの巴紋があることに気づき、自分で調べてもはっきりしたことは分からなかったので、歴史の専門家に尋ねたことはあ... -
古代史の謎
高野山造営に関わる豪族丹生氏の氏神「丹生明神」像が三谷薬師堂に残されていた
タイトルのままですが、備忘録がわりにつぶやいておきます。 「高野山造営に関わる豪族丹生氏の氏神 『丹生明神』像が三谷薬師堂に残されていた」 明神とは明治の神仏分離の前には一般的だった、仏教と神道が混じった信仰対象の名前…という理解です。 は... -
古代史の謎
佐賀県嬉野市の丹生神社は紀伊国高野丹生山からの遷座
佐賀県で見つけたある神社とは 先月、佐賀県の嬉野温泉に行った時、通り道の川沿いにあった神社が目につき調べてみたら「丹生神社」だった。 水神罔象女神が祀られているという情報だ。 「丹生」といえば、以前右三つ巴紋の情報を追って見つけた、日本最古... -
古代史の謎
昔話に残る「御木川(みきがわ)」は現在の「山国川」
神楽の奉納場所の確認中に、興味深い情報を見つけた。 大分県と福岡県の県境にある「山国川(やまくにがわ)」は、古くは「御木川(みきがわ)」と呼ばれていたらしい。 さんこう昔話の第八話「沙地翁物語」に残っていた。 調べていた神楽の奉納場所である... -
古代史の謎
中世に出雲大社の主祭神がスサノオだった時期とは
スサノオについて調べていた時に、中世(日本でいえば平安時代後期から戦国時代にかけてのおおよそ11世紀後半から16世紀後半まで)に出雲大社の主祭神がスサノオだった時期があるという情報を見つけた。 記事中に「杵築大社の祭神をスサノヲだとする考え方... -
古代史の謎
北九州市戸畑区に残る「金比羅町(こんぴらちょう)」
移住前、北九州市には20年ほど住んでいたのに、「金比羅町」という地名があるとは知らなかった。 町の中には「金比羅山」と「金刀比羅神社」もある。 「こんぴらさん」の本拠地である香川県の住所でさえ「琴平町(ことひらまち)」なのに、北九州で「金比...



