豊のくにあとで、見ているもの

「豊のくにあと」は、地域の歴史を調べて、答えを出すためのサイトではありません。

私自身が土地を歩き、見て、撮って、調べて、考えたことを記録しています。

私が最初に見るのは、ときどき現れる「なんか変だな」です。

なぜ、こんなところにこの名前の神社があるんだろう。

なぜ、この神が祀られているんだろう。

昔は違う名前だったのではないだろうか。

そんな小さな違和感から、調べ始めます。

もともと私は、プログラマーとして仕事をしていました。

データを見ていると、ほかとは少し違う数字や、予想していた場所にないデータが目につくことがあります。

いわば「異常値」です。

歴史を調べるときも、私には少し似たところがあります。

神社名、御祭神、由緒、地名、社紋などを見て、「あれ?」と思ったところを拾っていく。

すると、別の場所に似たものが見つかる。

そこをまた調べる。

点を増やしていくと、最初はばらばらに見えていたものが、少しずつつながって見えてくることがあります。

現在の神社から、過去を逆に辿る

私たちが今、神社について調べることができるのは、そこにさまざまな情報が残されているからです。

神社の名前があり、御祭神が記され、由緒が伝えられ、所在地も分かる。

けれど、それらが昔からずっと同じだったとは限りません。

明治の神仏分離にともなって、神社の祭神が変更されたことについて、神社史を専門とする研究者からも指摘されています。

新谷尚紀氏監修「神社に秘められた日本史の謎」では、神仏分離による祭神変更について、記紀神話や「延喜式」「神名帳」などによって権威づけられた神々へ信仰対象を転換する作業でもあったとされ、現在の社号や祭神としての歴史は「意外に浅い」と述べられています。

つまり、今ある神社名や御祭神を見ているだけでは、その神社の過去の姿をそのまま知ることはできない。

だから私は、

「なぜ今は、この名前なんだろう」

「その前は、何だったんだろう」

と、ひとつ前に戻ってみます。

現在の情報を入口にして、過去へ向かって逆に辿っていくのです。

そして、祭りを見る

ここで、私にとって大きな手がかりになるのが、祭りや神楽です。

神社の名前や御祭神が、後の時代に変更されたものだったとしても、その土地で祭りや神楽が長く続いているなら、そこには文字資料とは別の情報が残っているかもしれません。

誰が、何を祀ってきたのか。

どこで祀ってきたのか。

どんな神楽を奉納してきたのか。

どんな神を迎えてきたのか。

それを、地域の人たちは毎年繰り返しています。

名前は変わることがある。

社殿も変わる。

御祭神が変更されることもある。

けれど、祭りや神楽が続いているなら、そこには少なくとも、「この土地で、これを祀る」という行為が残っています。

だから私は、神社だけではなく、祭りや神楽を見るようになりました。

文字資料よりも、祭りのほうが古い層を残している可能性がある。

そう考えると、祭りは単なる行事ではなくなります。

そこに残っているものを、もう一度見直してみたくなるのです。

神社が先なのか、祭りが先なのか

私が最近、考えるようになったことがあります。

神社があるから祭りがあるのだろうか。

それとも、もともとこの土地で何かを祀る行為があって、その後に神社という形が整えられていったのだろうか。

もちろん、すべての神社や祭りが同じ経緯をたどったわけではないと思います。

だから、私はここで答えを出そうとは思っていません。

ただ、今ある神社だけを見ていると見えないものが、祭りや神楽を見ることで見えてくることがあります。

神社の名前を見たら、その祭りも見てみる。

神楽があれば、神楽も見る。

そこで「なんか変だな」と思ったら、また調べる。

そうやって、現在から過去へ、そしてまた別の場所へと辿っていきます。

答えではなく、点を置く

最初から歴史の答えが分かって調べているわけではありません。

むしろ、答えを決めてしまうと、見えにくくなるものがあるような気がしています。

「これは何だろう」

「なぜここにあるんだろう」

「別の場所にもあるのだろうか」

そんな小さな疑問を拾っていく。

神社名。

御祭神。

祭り。

神楽。

地名。

社紋。

古い記録。

そして、実際にその場所へ行って自分の目で見る。

ひとつひとつは、小さな点です。

けれど、点が増えてくると、それまで見えなかった輪郭が見えてくることがある。

バラバラの情報に見えていたものが、ある規則性を持って配置されているように見えてくることもあります。

まるで、長い時間の中で積み重なった情報を、現在から逆に辿っているような感覚です。

それを答えとして提示するのではなく、ただ、「なんか変だな」を拾って、置いておく。

そして、また別の場所へ行く。

そこで、別の点を見つける。

「豊のくにあと」は、その記録です。