なぜ金毘羅様(こんぴらさま)の風の神としての力が知られなくなったのか?

なぜ金毘羅様の風の神としての力が知られなくなったのか?
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山の中の「海」の謎_なぜ海の神様が山に祀られている?

金毘羅様(こんぴらさま)は、瀬戸内海に面した香川県を本拠地とする海の神様だとずっと思っていました。

子どもの頃、関西で暮らしていた自分は、周りの大人たちから四国旅行のついでに金毘羅参りに行ったことを耳にした記憶があったからです。

しかし、福岡県東部の豊前市に移住してから、大分県北部の史跡を巡っていくうちに、不思議なことに気付きました。

それは山の中に金毘羅社をいくつも見つけたことです。

国東半島、宇佐市、中津市。

それもかなりの山中に。

「なぜこんな山の中に海の神様が祀られているのか?」

特に違和感を覚えたのは国東半島の山の上です。

馬城山 伝乗寺
なぜ金毘羅様の風の神としての力が知られなくなったのか?

かつて六郷満山最大の寺院と伝わる「馬城山 伝乗寺」の跡地である馬城山にのぼると頂上付近に金比羅宮が祀られていたのです。

金毘羅様は海だけでなく風の神様でもあった

なぜ山の中に「海」があるのか、その疑問が解消される機会を得ました。

豊後高田市の文化財担当者に話を聞くことができました。

「金毘羅様は、風の神様でもあるんですよ。実は。山の高いところから、吹き下ろす強い風から作物を守ったり」

なるほど、風の神様でもあると。

たしかに海といえば暴風、山にも暴風があるということかと、その時点ではその内容で納得できたのです。

六郷満山寺院があった応利山の「風除大権現」

その後、同じく六郷満山寺院のひとつ、応利山 報恩寺 奥の院へ行った時のこと、応利山山頂付近に風除大権現が小さな祠に祀られていました。

ここにも「風」、そして聞き慣れない名前だと思いました。

史跡巡りを続けるうちに、御祭神の名前や神社名が変わったり、隅っこに移動させられたものに注目するようになりました。

調べてみると、明治時代に、全国的に御祭神の名前が変えられたり、神社がまとめて整理された事実があることを知りました。

金毘羅様のあまり知られていない属性が「風」。

聞き慣れない権現様「風除大権現」。

「中風」という病気

中国では脳卒中のことを、「中風病」と呼ぶそうです。

悪い風にあたって、脳卒中が起こると古来日本でも信じられ、現代でも大阪の三光神社が「中風除け」の神社として知られているようです。

三光神社の御祭神は、天照大神・月読命・素戔嗚命。

素戔嗚命は明治期に牛頭天王から名前を変えられた御祭神であると、本で読みました。

おわりに

記事の冒頭でお伝えした国東半島の馬城山伝乗寺。

その本体は、その奥にそびえる「喜久山」だったのではないかという話も耳にしました。

きくやま

そしてその「喜久山」の名前も、更に昔は「菊山」と違う字だったようです。

なぜ「菊」だったのか。なぜ「菊」から「喜久」に変えられたのか。

また気になる点が増えました。

この記事に近い記録

消された菊にも「夷」の意味?↓

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福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
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