【調査ノート】福岡県春日市小倉 奇祭「嫁詣(嫁ごの尻たたき)」が行われる 「住吉神社」に右三つ巴紋?

右三つ巴紋
  • URLをコピーしました!
豊のくにあとバナー (5)

宇佐神宮や多くの八幡神社と違う向きの三つ巴紋「右三つ巴紋」を国東半島の北端で見つけて以来、なぜ向きが違う三つ巴紋があるのかと調べています。

【宇佐市下庄】貴船神社の神楽奉納で右三つ巴紋を見つけた。
宇佐市貴船神社(下庄)の右三つ巴紋

歴史の専門家に尋ねても「さぁ、考えたこともありませんね」との回答でしたが、自力で調べていくうちに、やはり意味があるのでは?と思いを強くしています。

右三つ巴紋の神社を沢山調べたり、分布図でも作ればもっと色々なことが分かるんじゃないかと調べ続けているのですが、すぐに全てに出向くのはなかなか難しい状態です。

すぐに行けなくても「いつか見に行きたい気になる神社」として、調べたことをメモ代わりに記事化しています。

目次

福岡県春日市小倉 「住吉神社」のGoogleMapの画像で右三つ巴紋を確認

以前、右三つ巴紋がある神社を探した時、福岡市以西でよく見つかる気がしていました。

そこで古墳があるエリアや、このメディアで追っているキーワードとつながる神社を調べていたら、右三つ巴紋がある神社を確認できました。

この福岡県春日市小倉 「住吉神社」でも右三つ巴紋が見つかりました。

このメディアで追っているのは、古代の古層の信仰です。

九州北部が大和朝廷の勢力下になる前、別の大きな勢力があり、その痕跡を追っています。

福岡県神社誌で確認

春日市(旧筑紫郡春日村)に鎮座する、白水八幡宮の基本データです。

福岡県神社誌に見る「住吉神社(小倉)」

所在地 筑紫郡春日村大字小倉字村中(現・福岡県春日市小倉)

御祭神
住吉三神: 表筒男命(うわつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつつのおのみこと)、底筒男命(そこつつのおのみこと)

合祀神: 高龗神(たかおかみのかみ)

由緒 不詳。明治5年11月3日に村社に定められる。

合祀の記録 祭神の「高龗神」は、もともと同大字の字トヲソノに「無格社 八龍神社」として祭祀されていたが、明治44年12月22日に合併許可を受け、当神社に合祀された。

例祭日 9月9日

主な建造物 神殿、幣殿、拝殿

境内坪数 474坪

氏子区域および戸数 小倉(130戸)

これまで調べてきた神社と比較しても、この住吉神社の近くにある「白水八幡宮」と同様にかなり情報が少ない神社です。

白水八幡宮は近くに弥生時代から江戸時代まで続く複合遺跡「中白水遺跡」のすぐそばにあり、かつ遺跡のエリアには、京都の石清水八幡宮の荘園もあったそうです。

そして白水八幡宮はその荘園の管理をしていたと。

それだけ重要な神社であるに関わらず、なぜ福岡県神社誌に情報がほとんど載っていないのか、そして白水八幡宮に近いエリアにあるこの住吉神社も同様に情報が少ない_その事実に要注目です。

メモ① 住吉神社 由緒書き

GoogleMapの投稿画像で確認。

住吉神社

祭神
 表筒男命
 中筒男命
 底筒男命

由緒不詳なるも往昔此の地住吉神社の神領なりし故其に依り勧請せしものなりと云わる

例祭十月十七日
特殊行事嫁詣一月十四日

相殿に八龍明神を奉斎する
祭神 高龗神

平成二十五年一月吉日
春日市小倉住吉神社氏子総代會

八龍明神は「八大龍王」の略称ともいわれるようです。

メモ① 特殊行事「嫁詣」とは

小倉地区の中ほどに、こんもりとした鎮守の森に囲まれてたたずむ住吉宮がある。ここにはいくつかの奇妙な祭礼が残っている。なかでも「嫁ごの尻たたき」は、他に例を見ない行事でまさに奇習と呼ぶにふさわしい祭りである。

前年中に同区に嫁いできた花嫁が、盛装して住吉宮に参拝にくるのを、待ち受けていた子どもたちが、ワラを巻いた棒で花嫁の尻をたたくという実に風変わりな習俗。嫁が家に居着くようにとか、子宝に恵まれるようにとの願いを込めているといった解釈がある。それが済むと、左義長に点火する。

春日市ウェブサイトから引用

この小倉住吉神社では、大変変わった祭礼が行われているようです。

余談ですが、「尻」つながりで北九州市にも変わった祭があります。

㉚尻ふり祭
井手浦の里で、毎年一月八日に行われている珍しい祭で、三奇祭の一つである。
地域の老若男女総出で、当番に当たった座元家の、庭先きに集まって、その年の豊作を祈り、春の農作業を始める一月八日に行うのである。
昔、平尾台にいた大蛇が、悪戯をするので、神様がこれを退治した時、切り落された尻っぽが、井手浦に落ちてピンピン尾を振ったという。そしてその年は十数年振りの大豊作だった。これが尻振り祭の起りとなったのである。
祭は座元の庭先きに、藁で作った長さ四メートル程の大蛇を、小松を二本立てたものに高さ三メートル程の処に取り付け、下に祭壇を設け、それに神酒やお供え物をして行うのである。
祭壇の前に神官、当番の座元、翌年の座元が居並び、一同がそれを囲んで祭事が行われる。
先づ神官の祝詞に始まり、三人の祈願がある。ここがクライマックスで、三人は弓をつき矢をかがめたお尻に当てがって、大きく振ると、そばから大きな囃立てる大声もとぶのである。その後神官は、大蛇に三本の矢で射止め、太刀で斬る仕草をして退治する。
終わると子等は一斉に、大蛇に隠してある干柿や橙等を奪って取り合う。 (沢村)

北九州の史跡探訪ー北九州史跡同好会 p.88から引用

春日市の「小倉」、北九州市の「小倉」、気になる符号です。

祭に古墳だけでなく、地名にも様々な歴史が残っているのかもしれません。

「神社明細帳」で、「加久羅」という聞き慣れない言葉に 接した私は、これは「こうくらい」の当て字ではないか と直感しました。
これを裏付けるように、先輩の今村勲氏は、「望郷の碑」 の中で、田村圓澄(九大名誉教授)、上田正昭(京大教授)、 森浩一(同志社大学教授)、金達寿(作家)らの著書を典 拠資料として、小倉=コクラについてのナゾ解きが得られ たとして次のように書いています。

コクラとは、もともとコウクリ(高句麗)のことで、このコウクリから転訛した呼び名であることがわかったのです。高句麗は朝鮮語でコクレというそうです。つまり、コウクリすなわちコクレがコクラとなって「小倉」の字をあてたということでした。 加倉(カクラ)も高倉(コウクラ)も加久羅(カクラ)も、みなコクラから出た呼び名だということで す。これで胸のつかえが取り除かれるように疑問がとけた気がしてきました。 「小倉」地名のあるところ、古代朝鮮とのかかわりのある古い神社遺跡が多いわけがぼんやりとわかりかけたように思いました。

全国どこでも、地名に古代朝鮮人の足跡があるとは人 から聞き、本を読む中で知ってはいましたが、まさか、 このように具体的な例があるとは思いもよりませんでし た。

松尾則男氏著「おおいたの古墳と神社」 p.30から引用

メモ② 嫁詣と同じ時期に近くの春日神社でも奇祭「婿押し祭り」

「春日の婿押し」とは、福岡県春日市で毎年1月、前年に結婚した新郎新婦を祝福する国指定の重要無形民俗文化財で、「若水祭」とも呼ばれ、氏子(特に45歳以下の男性組織「三期組合」)が中心となり、神池での「樽せり」や「お汐井取り」、拝殿での「婿揉み(おしくらまんじゅう)」などの勇壮な儀式を通じて、五穀豊穣と開運を祈願するお祭りです。

↓出典:春日市公式チャンネル

〒816-0814 福岡県春日市春日1丁目110

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

2021年に豊前市へ移住。フォトライターとして、主に福岡県の豊前市・上毛町・吉富町・築上町・みやこ町・行橋市・苅田町、および大分県の中津市・宇佐市・豊後高田市・国東市といった旧・豊の国エリアを活動範囲としています。
カメラを持ってフラッと6時間のカメラ旅に出かけ、このエリアの史跡、神楽、祭りなどを記録し、「日常を離れた歴史の世界」の魅力を発信するほか、古民家図書館を運営。

免責事項とお願い

当サイトの記事の考察は、史書に基づかない推察を含みます。あくまで一つの仮説としてお楽しみください。

目次