宇佐神宮と違う向きの「右三つ巴紋」を国東半島の北端で見つけて以来、なぜ向きが違う三つ巴紋があるのかと調べています。


今回は現地を訪れた記録ではありません。
公開されている画像を確認していたところ、右三つ巴紋らしき意匠が見えたため、記録として残しておきます。
福岡県春日市小倉 「住吉神社」のGoogleMapの画像で右三つ巴紋を確
右三つ巴紋の神社を複数見つけた春日市とそう離れていない糟屋郡の神社でも右三つ巴紋が見つかりました。
糟屋郡宇美町宇美 「宇美八幡宮」です。
福岡県神社誌で「宇美八幡宮」の情報を確認
参考:福岡県神社誌
糸島郡長糸村(現・糸島市川付)の長岳山に鎮座する、旧怡土(いと)郡の総社です。
所在地 糸島郡長糸村大字川付字長岳山(現・福岡県糸島市川付)
御祭神
本宮: 誉田別天皇(応神天皇)、気長足姫尊(神功皇后)、玉依姫命、瓊々杵尊
上宮: 仲哀天皇
由緒・歴史
仁徳天皇10年(322年)の勧請と伝わる。
古来より「宮号」を唱え、単に「宇美八幡宮」と称された。
上宮の由来: 神社南方の丸塚山にあり、神功皇后が三韓征伐の際、香椎から仲哀天皇の御棺を遷して陵(みささぎ)を築いた場所とされる。
中世の隆盛: 奈良・平安時代には広大な社領を持つ大社で、古文書や寄進状(源義頼、源長ら)が多数現存する。かつては中津領(奥平氏)東怡土郡12ヶ村の総社であった。
地名の変遷
この地が『和名抄』にある「長野郷」であったことから、古文書には「長野八幡宮」と記されるものも多い。
例祭日 9月15日
主な建造物 本殿、幣殿、拝殿、宝蔵、神輿庫、御炊所、社務所、参籠所
境内坪数 3,115坪
氏子区域および戸数 大字長野、大字川付(計130戸)
境内神社
金刀比羅神社(顕仁天皇、豊玉比古命)
宮地嶽神社(勝門姫命、阿部助盛命、阿部高盛命、志那津比古命、志那津比売命、大山祇命)
猿田彦神社(猿田彦神)
福岡県神社誌には興味深い情報が残されていました。
「長野八幡宮」とも呼ばれていた神社が、なぜ応神天皇降誕の地を示す「宇美」を冠するようになったのでしょう。
『古事記』や『日本書紀』によると、神功皇后(じんぐうこうごう)が新羅からの帰還後、この地で応神天皇(おうじんてんのう)を出産したとされており、その「産み」が「宇美(うみ)」という地名の起源になったと伝えられていますが、引っかかります。
仲哀天皇の遺体を香椎からわざわざ糸島(怡土)まで運んで陵を築いたという伝承は、この地が当時重要な拠点であったことを示唆しているようです。
メモ① 宇美八幡宮とは
宇美八幡宮(うみはちまんぐう)は、福岡県糟屋郡宇美町にある、安産・育児の神様として篤く信仰される神社で、神功皇后が応神天皇を出産したという伝説の地です。
境内には安産にまつわる「子安の石」「産湯の水」「子安の木」などの伝説地があり、安産祈願に多くの人が訪れ、「宇美」という地名も「産み」に由来するとされます。
メモ① 宇美八幡宮では秋に放生会大祭が行われる
毎年10月15日・16日に開催される秋季大祭で、生きとし生けるすべての生命を慈しみ、五穀豊穣を祈願する伝統行事です。
福岡県の指定無形民俗文化財である「宇美神楽」が奉納されます。
↓出典:福岡・佐賀 KBC NEWS
メモ② 放生会で奉納される「宇美神楽」
春の「子安大祭」や秋の「放生会(ほうじょうえ)」などの祭りで奉納される神楽のようです。
出典:gengoro チャンネル
福岡県糟屋郡宇美町宇美 「宇美八幡宮」の場所
〒811-2101 福岡県糟屋郡宇美町宇美1丁目1−1
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