【調査ノート】福岡県筑後市にも「鬼の修正会」_筑後市熊野 熊野神社

no image 豊のくにあと
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このメディアで追っている、宇佐神宮と逆向きの紋「右三つ巴紋」がある神社を調べているうちに見つけた、筑後市熊野の熊野神社。

右三つ巴紋については不明でしたが、「紀伊国」を示す「熊野」の地名にある「熊野神社」という点が気になって調べてみたら、この神社では「鬼の修正会」が行われていることが分かったので、メモ代わりに記事化しておきます。

目次

メモ①福岡県筑後市熊野 熊野神社「鬼の修正会」とは

元々は坂東寺薬師堂の修正会だったのですね。

このメディアで追っているキーワードの一つが「薬師如来」です。

旧暦1月14日の坂東寺薬師堂の修正会であったが、現在は熊野神社境内で執行される大火祭である。氏子達は仕事始めに各自縄をない、総出で竹を縄で巻き頭に杉葉をつけた20m近い大松明を3本つくり用意がととのう。夕方、子供松明廻しがあり、午後10時境内の灯が消され、面をかぶった鬼が出場すると、喊声をあげ、竹棒を鳴らした勢子が追いたて拝殿に入る。鬼は竹を結んだ鬼笹に追われ拝殿を出られないが、無理やり出ると鬼笹に囲まれ社殿を3周する。同時に神殿では神職が斎火を切り、渡殿に備えた元松明に点火され、その火が境内の大松明に点火される。大太鼓と梵鐘が乱打され、やがて火が燃え盛ると、3m近いカリマタで松明を持ちあげ、空中にかざし、火の粉を飛ばしながら、社殿を3周する。

福岡県の文化財より引用

坂東寺とはホームページに「寺伝によると、坂東寺の建立は延暦22年(803年)に伝教大師最澄が遣唐使の一員として入唐する時、坂東寺で道中の安穏を一七日間参籠し祈願し、開基したと記されている」と書かれているように、最澄にとって重要な寺院であったようです。

最澄といえば、唐に渡る前、宇佐神宮でも航海の安全を祈願しているうえ、日本に返ってきてからも貴重な経典を収めるなど、宇佐神宮と大変関わりが深い僧です。

メモ②鬼の修正会の動画

↑出典:ちくご恋するチャンネル(広報ちくご・筑後市公式Youtubeチャンネル)

↑出典:【Culture left in Japan】 日本に残された文化・伝統 Higashikara

筑後市熊野 熊野神社の場所

日本、〒833-0055 福岡県筑後市熊野730

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福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。
2021年に移住。フォトライターとして取材・インタビューを重ねる傍ら、このメディアを運営し、ZINEを制作・販売しています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
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