磐井の乱後の安曇族と磐井葛子の行方を調べるならこの本「信濃安曇族の謎を追うーどこから来て、どこへ消えたかー」

参考書籍
  • URLをコピーしました!

以前から気になっていた、古代最大の内乱といわれる「磐井の乱」。

歴史の教科書では、日本を裏切って外国側についた悪者のように書かれていた筑紫君磐井ですが、近年になり、歴史好きの方からも「磐井は九州の英雄だった」という情報を聞きました。

ほかにも

「あれは内乱というよりも、日本統一を目的に大和朝廷が、九州の王だった磐井を攻めた戦争だった。」

「磐井の息子といわれる葛子、そして磐井に味方したといわれる安曇族は、海を越えて大和朝廷の手が及ばない信濃だった。」

え、そうだったの?ソースがどこにあるだろうと調べたら、見つかりました。

坂本博著「信濃安曇族の謎を追うーどこから来て、どこへ消えたか」

Amazonの中古本で購入しました。

本の中には驚くことも書かれていて、また感想のようにつぶやいていきたいと思います。

目次

この記事を読んでいる方におすすめの本・記事

参考書籍・おすすめの本を読むには↓

安曇族のルーツは九州、穂高神社 権宮司の言葉↓

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

豊のくにあと運営者。
福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
活動エリアは、北九州から東〜中津〜宇佐〜国東半島の北西部。
地域の古い痕跡を歩いて探し、歴史サイト「豊のくにあと」を運営しています。

古民家図書館TSUDURI主宰。
本や地域、人が出会う場所。

気になったもの

神社や地域を歩き、調べるなかで気になったものを記録しています。
右三つ巴紋、鬼、菊、御祭神など気になったものをまとめたページはこちらから。

考察について

当サイトでは、現地での観察や文献資料をもとに、歴史について考察しています。

記事には、確認できた事実のほか、複数の事例から見えてきたことや、現時点では確かめられていない仮説も含まれます。

事実と考察を区別しながら記録していますが、すべての仮説が歴史的に裏付けられているわけではありません。

ひとつの視点、ひとつの問いとしてお読みいただければ幸いです。

目次