安曇族/Azumi Tribe (Sea People)– tag –
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古代史の謎
宮地獄神社の看板が伝えていたこと。「阿曇(安曇)の祖は磯良公、その末裔には『つくしの磐井』」
神社の記録がずっと伝えていた 先日、久しぶりに訪れた福津市の宮地獄神社。 移住してからは一度、初詣で訪れたぐらいでした。 移住した豊前エリアで宇佐神宮と逆向きの三つ巴紋を見つけた頃から始まった、歴史への違和感。 気になる箇所を辿り続け、海洋... -
古代史の謎
全国の宮地獄神社分布地図
このサイトで辿ってきた史跡のエリアと不思議と重なる宮地獄神社。 自分の備忘録がわりに地図を残しておきます。 ざっと見る限り、北部九州を中心に瀬戸内海沿岸の中国地方に確認できました。 この地図に、「志賀海神社と海神社」のレイヤーを加えてもよい... -
古代史の謎
宮地嶽神社と同じ「光の道」が現れる東峰村の「岩屋神社」と宇佐神宮の勅使街道
夕日が参道を照らす奇跡の絶景「光の道」。 私がそれを初めて見たのは、福岡県福津市の宮地獄神社でした。 Googleフォトの写真の日付を確認すると、2019年10月19日。 この「光の道」の景色が見られるのは、年に2回。 2月下旬と10月下旬の約1週間だそうです... -
古代史の謎
愛宕と稲荷、安曇と鹿——現地から見えてきた「火と水」の構造
火と水は、たいてい隣にある。 そう気づいたのは、小倉の愛宕神社でした。 火の神を祀る場所に、お稲荷さまがいる。 各地を歩いていると、時代も名前も異なるはずの神々が、ふと重なって見える瞬間があります。 小倉から始まった一本の線は、香春(かわら... -
まとめ記事
【古代の海人族・安曇族】豊のくにあと記事一覧:すべての関連記事と連載記事まとめ
「豊のくにあと」をご覧いただきありがとうございます。 このページは、古代日本で活躍した海人族・安曇族について調べた記事をまとめて掲載しています。 安曇族とは 安曇族(あづみぞく)とは、古代日本を代表する有力な海人(あま)族で、海神(わたつみ... -
古代史の謎
【大分県臼杵市】臼杵の石人に残る赤色は「丹」?
最近、古代の赤い染料の原料である「丹」に関わる記事を書いていました。 磐井の名が『古事記』では「石井」と表記されている点に注目し、「丹」という鉱石との結びつきを考察した内容です。その後ふと、磐井が生前に造営したとされる岩戸山古墳の石人と記... -
古代史の謎
筑紫君磐井と「石・丹」:ヤマトに抑え込まれた九州王権の痕跡を追う
古代史に突如姿を現し、ヤマト王権と対立した勢力・筑紫君磐井。彼の名に刻まれた「石(磐)」という語、そして背後に見え隠れする「夷(い)」の概念。これらを手がかりに、旧豊の国エリアに残された痕跡から、彼の正体に迫ることはできるのでしょうか。 ... -
参考書籍・おすすめ書籍
磐井の乱後の安曇族と磐井葛子の行方を調べるならこの本「信濃安曇族の謎を追うーどこから来て、どこへ消えたかー」
以前から気になっていた、古代最大の内乱といわれる「磐井の乱」。 歴史の教科書では、日本を裏切って外国側についた悪者のように書かれていた筑紫君磐井ですが、近年になり、歴史好きの方からも「磐井は九州の英雄だった」という情報を聞きました。 ほか... -
古代史の謎
大和朝廷に歯向かった磐井は悪者ではなく、筑紫の英雄だった。
歴史の教科書に出てくる古代最大といわれる内乱「磐井の乱」。 教科書ではまるで悪者のように書かれていたと、昭和50年代生まれの自分は記憶していますが、大人になってからそれは誤った認識であることを知りました。 筑紫の国造(くにのみやつこ)磐井が... -
ひとりカメラ旅
久しぶりに訪れた英彦山・豊前坊高住神社で安曇族の情報を耳にする
大人になってから北九州に移り住み、20年ほど経過してからほぼ大分県寄りの福岡県豊前市に移住しました。 北九州にいた最後の数年間に時々足を運んでいたのが、福岡県唯一の神宮「英彦山神宮」の鬼門を守るという「豊前坊高住神社」です。 2020年3月3日撮...
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