安曇族/Azumi Tribe (Sea People)– tag –
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つぶやき・メモ
伊邪那岐命が禊をした場所は、どこなのだろう
博多の住吉神社を訪れたとき、境内にある「天竜池」の看板が気になりました。 そこには、 「その昔、満潮時には塩原の辺りまで海の水がさかのぼり、この池にも達しておりましたので、一名、汐入池とも呼ばれ、伊弉諾大神が禊祓をした霊池と伝えられます。... -
つぶやき・メモ
住吉三神と綿津見三神は、同じときに現れた別の神
今回、住吉神社と志賀海神社の記録を書いていて、初めてはっきり意識したことがあります。 住吉三神と綿津見三神は、同じときに現れた別の神だった。 もちろん、名前が違うのだから別の神です。 でも、どちらも海に関わる神として知っていたので、私はこれ... -
ひとりカメラ旅
【福岡県福岡市】東区 志賀海神社 撮影記録 2026年5月
今年の5月の連休に、初めて福岡市の志賀海神社を訪れました。 志賀海神社駐車場(海側) 子どもがもっと小さい頃に志賀島を一周したのが最後だったと記憶しています。 そして志賀海神社には行ったことがありませんでした。 鳥居の手前に御塩井(清め塩) ... -
古代史の謎
宮地獄神社の看板が伝えていたこと。「阿曇(安曇)の祖は磯良公、その末裔には『つくしの磐井』」
神社の記録がずっと伝えていた 先日、久しぶりに訪れた福津市の宮地獄神社。 移住してからは一度、初詣で訪れたぐらいでした。 移住した豊前エリアで宇佐神宮と逆向きの三つ巴紋を見つけた頃から始まった、歴史への違和感。 気になる箇所を辿り続け、海洋... -
古代史の謎
全国の宮地獄神社分布地図
このサイトで辿ってきた史跡のエリアと不思議と重なる宮地獄神社。 自分の備忘録がわりに地図を残しておきます。 ざっと見る限り、北部九州を中心に瀬戸内海沿岸の中国地方に確認できました。 この地図に、「志賀海神社と海神社」のレイヤーを加えてもよい... -
古代史の謎
宮地嶽神社と同じ「光の道」が現れる東峰村の「岩屋神社」と宇佐神宮の勅使街道
夕日が参道を照らす奇跡の絶景「光の道」。 私がそれを初めて見たのは、福岡県福津市の宮地獄神社でした。 Googleフォトの写真の日付を確認すると、2019年10月19日。 この「光の道」の景色が見られるのは、年に2回。 2月下旬と10月下旬の約1週間だそうです... -
古代史の謎
愛宕と稲荷、安曇と鹿——現地から見えてきた「火と水」の構造
火と水は、たいてい隣にある。 そう気づいたのは、小倉の愛宕神社でした。 火の神を祀る場所に、お稲荷さまがいる。 各地を歩いていると、時代も名前も異なるはずの神々が、ふと重なって見える瞬間があります。 小倉から始まった一本の線は、香春(かわら... -
まとめ記事
【古代の海人族・安曇族】豊のくにあと記事一覧:すべての関連記事と連載記事まとめ
「豊のくにあと」をご覧いただきありがとうございます。 このページは、古代日本で活躍した海人族・安曇族について調べた記事をまとめて掲載しています。 安曇族とは 安曇族(あづみぞく)とは、古代日本を代表する有力な海人(あま)族で、海神(わたつみ... -
古代史の謎
【大分県臼杵市】臼杵の石人に残る赤色は「丹」?
最近、古代の赤い染料の原料である「丹」に関わる記事を書いていました。 磐井の名が『古事記』では「石井」と表記されている点に注目し、「丹」という鉱石との結びつきを考察した内容です。その後ふと、磐井が生前に造営したとされる岩戸山古墳の石人と記... -
古代史の謎
筑紫君磐井と「石・丹」:ヤマトに抑え込まれた九州王権の痕跡を追う
古代史に突如姿を現し、ヤマト王権と対立した勢力・筑紫君磐井。彼の名に刻まれた「石(磐)」という語、そして背後に見え隠れする「夷(い)」の概念。これらを手がかりに、旧豊の国エリアに残された痕跡から、彼の正体に迫ることはできるのでしょうか。 ...
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