歴史の謎– category –
-
歴史の謎
歴史の裏にある「設計図」の話
白村江の戦いの敗北以降、当時の日本列島には強い危機感があったと言われています。 巨大帝国・唐にどう向き合うのか。バラバラだった地域勢力を、どう一つの国家としてまとめるのか。 その中で編纂されたのが「古事記」「日本書紀」でした。 そこには、単... -
歴史の謎
日本神話に登場する「手置帆負神」と「彦狭知神」は、紀伊忌部と讃岐忌部の祖神とされる
最近、日本神話に登場する「手置帆負神(たおきほおいのかみ)」と「彦狭知神(ひこさしりのかみ)」について調べていました。 『古語拾遺』などでは、この二柱は木工や建築に関わる祖神として語られ、紀伊忌部・讃岐忌部の祖神とされています。 ここで気... -
歴史の謎
日田市大原八幡宮で見た「右三つ巴紋」「鬼瓦」「蓮華紋(菊)」、海の神社「宮地獄神社」
以前、知人から聞いて気になっていた日田市の大原八幡宮の「右三つ巴紋」。 調べてみたら「大原」が「大波羅」だったという情報も。 いつか確認しようと思って、ようやく訪れることができました。 驚くほど立派な社殿であり、広い敷地でした。 日田市は今... -
歴史の謎
蓮の花の意味は星座の中心、宇宙の中心。
豊のくにあとで追ってきた「菊」の花は、蓮華紋だったのではないか。 そう思ったのは、みやこ町の豊前国分寺、その近くの豊津神社と、宇佐市の法鏡寺貴船神社であるものを見たからです。 神社の片隅に置かれた瓦。 その瓦に刻まれた菊のような花の意匠。 ... -
歴史の謎
【北九州市】帆柱稲荷神社で見た社紋
Googleフォトを眺めて、アップしていなかった写真の記事化を続けていたところ、「おや」と思う社紋の写真を見つけました。 この写真を撮ったのは、北九州市皿倉山の帆柱稲荷神社です。 今見ても、あまり見たことがない紋章です。 稲荷神社の紋章とは違う気... -
歴史の謎
大正元年に刊行された下毛郡誌に、闇無浜神社の御祭神は元々「安曇磯良」と書かれていた。「豊玉彦」「豊玉姫」は後に合祀
大正元年に刊行された本の再刊 昭和五十二年十二月二十五日発行の下毛郡史を読むと、大変興味深い情報が記されていました。 元々は「福岡県神社誌」のように「大分県神社誌」があればと思って、図書館に行ったところ、大分県神社誌が見当たらず、その代わ... -
歴史の謎
なぜ「鯱(シャチホコ)」が神社の隅に置かれていたのか?
宇佐市の法鏡寺貴船神社で、隅に置かれた「右三つ巴紋」「鬼」「雲」「菊(蓮華紋)」の痕跡を、別の記事でお伝えしてきました。 これらの他に、もう一つありました。 この記事ではもう一つの痕跡についてお伝えします。 法鏡寺貴船神社の片隅に残された「... -
歴史の謎
名前のない「稲荷神社」:みやこ町豊津で見つけた宮地獄神社の痕跡
豊前国分寺と豊津神社の後は、気になっていた「稲荷神社」へ。 宇佐市の法鏡寺貴船神社や、下拝田貴船神社では気になるものを、いくつも見つけていました。 二つの神社の共通点は、白鳳時代の寺院跡のすぐそばだったことです。 そのことから、豊前国分寺エ... -
歴史の謎
再び訪れたみやこ町の豊津神社(山王宮)で沢山の気になるものを見つけた
ここ数年右三つ巴紋や菊のような花の意匠など、史跡で見つけて気になったものを辿ってきました。 最近再訪問した場所で、これまで見えていなかったところにその気になるものが実は沢山ありました。 豊前国分寺跡近くの豊津神社で見つけた気になるもの 久し... -
歴史の謎
福岡県みやこ町と大分県宇佐市に三つ巴紋の向きの記憶が残されていたのか。——豊前国分寺と法鏡寺・貴船神社
豊前国分寺で見た、左右の向きの三つ巴紋 福岡県みやこ町の豊前国分寺。 ここは聖武天皇の勅願によって全国に建てられた国立寺院で、創建当時は九州東北部の文化の中心だったと言われています。 この寺院の門の屋根をじっと見ていたら、三つ巴紋に気付きま...
