【調査ノート】糸島市二丈鹿家 浮嶽神社や複数の白山神社と祭りを行う「鹿家白山神社」に右三つ巴紋?

右三つ巴紋
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宇佐神宮や多くの八幡神社と違う向きの三つ巴紋「右三つ巴紋」を国東半島の北端で見つけて以来、なぜ向きが違う三つ巴紋があるのかと調べています。

【宇佐市下庄】貴船神社の神楽奉納で右三つ巴紋を見つけた。
宇佐市貴船神社(下庄)の右三つ巴紋

歴史の専門家に尋ねても「さぁ、考えたこともありませんね」との回答でしたが、自力で調べていくうちに、やはり意味があるのでは?と思いを強くしています。

右三つ巴紋の神社を沢山調べたり、分布図でも作ればもっと色々なことが分かるんじゃないかと調べ続けているのですが、すぐに全てに出向くのはなかなか難しい状態です。

すぐに行けなくても「いつか見に行きたい気になる神社」として、調べたことをメモ代わりに記事化しています。

目次

糸島市二丈鹿家 鹿家白山神社のGoogleMapの画像で右三つ巴紋を確認

以前、右三つ巴紋がある神社を探した時、福岡市以西でよく見つかる気がしていました。

そこで古墳があるエリアや、このメディアで追っているキーワードとつながる神社を調べていたら、右三つ巴紋がある神社を確認できました。

この「吉井白山宮」でも右三つ巴紋が見つかりました。

このメディアで追っているのは、古代の古層の信仰です。

九州北部が大和朝廷の勢力下になる前、別の大きな勢力があり、その痕跡を追っています。

福岡県神社誌参考

参考:福岡県神社誌

この神社は、明治12年(1879年)6月に許可を得て、当時の吉井村の村社であった「白山神社」をこの場所へ分かち移したのが始まりだといわれています。

その後、明治42年(1909年)9月14日には、それまで村内の各地で祀られていた「無格社(むかくしゃ)」が、この神社に一斉に合祀(合併)されることになりました。

その際にまとめられた神々と、もともと鎮座していた場所は以下の通りです。

  • 字本窪(ほんくぼ): 愛宕宮(祭神:火産霊命、伊弉冊命)
  • 字横波(よこなみ): 大山祇神社(祭神:大山津見命)
  • 字大工川(だいくがわ): 天満宮(祭神:菅原神)
  • 字田中前(たなかまえ): 天神社(祭神:埴安神)
  • 字熊(くま): 天満宮(祭神:菅原神)

このように、かつては村の各集落に点在していた神様たちが、明治後期の神社統合の時期に、一つの場所に集められたという経緯があったようです。

メモ① 浮嶽神社との秋祭り

福岡県神社誌で伝えられている秋祭りは、浮嶽神社やこのエリアの白山神社と合同で行われている神幸祭のようです。

盛大なお祭りです。

浮嶽神社も右三つ巴紋が刻まれた神社です。

二丈の福吉校区では12日、白山神社(福井)、浮嶽神社(吉井上)、白山宮神社(吉井下)、白山宮神社(鹿家)の4社で神幸祭が行われた。このうち、白山神社では、福井・大入・佐波の3行政区から行列装束に身を包んだ若者ら約50人が参加。はさみ箱や羽熊(はぐま)を持ち、大名行列を模した一行が、お神輿を先導するように進んだ。黄金色の稲穂が揺れる田園のあぜ道に威勢のいいかけ声が響き、福井浜の御仮屋(御旅所)に向かった。

糸島新聞社ウェブサイトから引用

メモ② 山全てが御神体である浮嶽の「浮嶽神社」と合同で祭りを行う神社

この神社含め四社合同で行われる神幸祭。

四社とは、白山神社(福井)、浮嶽神社(吉井上)、白山宮神社(吉井下)、白山宮神社(鹿家)ですが、いずれも「右三つ巴紋」が確認できました。

鹿家白山神社の場所

〒819-1642 福岡県糸島市二丈鹿家1077

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この記事を書いた人

2021年に豊前市へ移住。フォトライターとして、主に福岡県の豊前市・上毛町・吉富町・築上町・みやこ町・行橋市・苅田町、および大分県の中津市・宇佐市・豊後高田市・国東市といった旧・豊の国エリアを活動範囲としています。
カメラを持ってフラッと6時間のカメラ旅に出かけ、このエリアの史跡、神楽、祭りなどを記録し、「日常を離れた歴史の世界」の魅力を発信するほか、古民家図書館を運営。

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