日本の古代史を探求する中で、「水」「火」「木」「雲」「龍」といったキーワードが、様々な地で意外な繋がりを見せているように見えます。
今回は、そのキーワードが、九州最大の神社である宇佐神宮の境内にどのように重層的に存在しているのかを考察します。
宇佐神宮の境内は、単一の信仰の場ではなく、古代の多様な信仰が凝縮された場所である可能性が考えられます。
宇佐神宮の「原初信仰」に関する考察:一対の神の可能性
宇佐神宮の元々の御祭神について、「男神と女神」であった可能性が指摘されているという説が、一部で存在します。
この情報を、宇佐地域に多く点在する貴船神社の分布と重ね合わせることで、一つの仮説が浮かび上がります。
貴船神社の対の龍神: 貴船神社は水神であり、多くは高龗神(たかおかみのかみ)と闇龗神(くらおかみのかみ)という一対の龍神を祀ります。
仮説の提示: もともと宇佐の地には、地主神として「一対の龍神(水神)」が祀られており、それが貴船神(あるいは木舟神)と呼ばれていた可能性が考えられます。
地域に根差した龍神信仰があったとすれば、それが新しい信仰体系(宇佐八幡神)の中に取り込まれ、再解釈され、上位の神々へと統合されていった可能性も考えられます。これは、日本の信仰史において、既存の信仰を完全に消し去るのではなく、形を変えて引き継ぐという方法と符合しているように見えます。
境内に見られる多層的な信仰の痕跡
宇佐神宮の境内には、私たちが探求してきたキーワードと符合する多くの社殿や場所が存在しており、宇佐神宮が多様な信仰を内包してきた歴史を示しているように見えます。

①「水神」と「龍神」の要素:水分神社(みくまりじんじゃ)
宇佐神宮の最も根源的な聖地の一つとされる菱形池。この霊池には、水分神社(みくまりじんじゃ)が浮かび、祭神は貴船神社と同じく高龗神(龍神・水神)です。
水分神社が「中島の竜宮様」とも呼ばれる伝承を合わせると、宇佐神宮の根元に貴船神や龍神信仰が深く関わっていた可能性が示唆されます。

②「祓(はらえ)」と疫病鎮静の神:祓所、八坂神社(スサノオ)
境内には、祭典の前に身を清める祓所があり、また、八坂神社には疫病退散の神とされる須佐之男命(スサノオノミコト)が祀られています。実際に毎年鎮疫祭が行われる事実は、中世において厄災を祓う強力な神が求められ、スサノオ信仰が重要視されていた痕跡と解釈されます。
③「木」と「高倉」:豊穣と古代信仰の繋がり
菱形池に隣接する木匠祖神社は、水の霊池にある「木」の神です。
これは、火と水を繋ぐ媒介として「木」が重要な役割を担うという仮説と関連している可能性も考えられます。
また、祭器具を納める高倉という板倉は、周辺の古い地主神信仰(龍神が祀られていた宇佐の高倉神社)と読みも字も同じであり、宇佐神宮が周辺の古い地主神信仰とも繋がっていた可能性が示唆されます。
④「鬼の石段」:複数のエリアに残る伝承
宇佐神宮の石段に、鬼が一夜で築こうとしたという「鬼の石段」の伝説が残されています。この伝説は、求菩提山や国東半島の熊野磨崖仏にも共通して見られます。これは、北部九州の修験道や民間信仰に共通するパターンであり、古くからの土着の信仰が、新しい信仰体系によって再解釈されていった過程を象徴している可能性が考えられます。
⑤「藤原氏(春日)」と「北極星」信仰:中央との繋がりと根源的な宇宙観
宇佐神宮の一之御殿に、藤原氏の氏神である春日大明神が祀られているのは事実であり、藤原氏が宇佐神宮の信仰や運営に深く関与していた明確な痕跡と言えます。
また、境内の北辰神社は、北極星・北斗七星を妙見として崇める北辰信仰の場で、古代の根源的な宇宙観が宇佐神宮にも存在していたことを示しているように見えます。
⑥琴平神社(金毘羅様):隠された「空の神」の可能性
宇佐神宮境内には琴平神社(金毘羅様)も鎮座しています。一般に海の神とされる金毘羅様ですが、その御祭神である大物主は、本来「雲と風」の神様であったという説が存在します。
さらに、この大物主が、一部で徐福と同一視される饒速日(にぎはやひ)と繋がる可能性も指摘されています。もしこれが一部の側面を表すのであれば、宇佐神宮の信仰が、記紀の記述とは異なる古代出雲王国の系譜や、外来の渡来系氏族の信仰とも深く結びついていたという仮説が導き出されるかもしれません。
宇佐神宮に眠る「信仰の重層性」
宇佐神宮の境内は、「水」「龍」「木」「祓」「スサノオ」「藤原氏(春日)」「北極星」といった多層的な信仰の痕跡が凝縮された場所のように思えました。
これらの多様な信仰の「点」が宇佐神宮という一つの場所で交錯していることは、古代の信仰の複雑さと変遷を理解する上で、非常に興味深い点でした。
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