【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布弥神社 2026年4月撮影記録
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長浜町の貴布禰神社

豊前に移住してから、北九州市が逆にお出かけの場所に変わりました。

先日は用事で小倉駅方面へと。

空いた時間で気になる神社を散策してきました。

訪れた神社は小倉駅から徒歩で11分、長浜町の貴布禰(きふね)神社です。

「貴船」と「貴布禰」は同義で扱われることが多く、主に水の神様(高龗神・闇龗神)が祀られます。

小倉駅近くには川・海

この時は、易の南側から海と川が見える道を通り、住宅街を通っていきました。

平日だからか、町中とは思えない静かさでした。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

住宅やマンションが並ぶエリアに、綺麗に手入れされている神社が現れます。

万葉集の歌が刻まれた石碑

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

神社の拝殿左側には大きな石碑が立っています。

「豊国の企救の長浜行き暮らし日の暮れゆけば妹をしぞ思ふ」

歌が刻まれています。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

小倉から門司の大里にかけての海岸は「企救の長浜」とか「企救の高浜」と呼ばれていました。この長い海岸線には白砂と美しい根上り松が群生して、遠く万葉の昔から太宰府に往来する貴人や防人たちの心を慰めたものでした。この「企救の長浜」、「企救の高浜」を詠んだ歌が万葉集に2首でています。

豊国の企救の長浜ゆきくらし
日の暮れゆけば妹をしぞ思ふ
(歌意)豊前の国の企救の長浜を歩き続け、日が暮れてしまえば
    そぞろにいとしい人のことが思われる。
    ※注「暮れぬれば」の読みもあるが、「暮れゆけば」を採った。

豊国の企救の高浜たかだかに
君待つ夜らは小夜ふけにけり
(歌意)豊前の国の企救の高浜の高の名のように、高々と爪先き
    立つ思いで君を待つ夜はもうふけてしまった。

江戸時代、門司口橋を渡ったところに門司口門がありました。小倉城郭の門の一つで、この前の道は、大里方面に通じる九州諸大名の参勤交代の道でした。

北九州市教育委員会

万葉集として詠まれたこの地の名前「長浜」。大変歴史ある場所のようです。

鳥居に刻まれた「貴布祢大明神」

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

「貴布祢大明神」と鳥居の扁額に刻まれていました。

大明神とは、神仏習合における仏教的な神の呼び名のひとつです。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

鳥居の足の部分には「延宝七巳末八月吉日」と刻まれていました。

延宝七年は、西暦1679年のこと。

綺麗な鳥居だったので、新しいものかと思えば、ここにも歴史が残っていたのですね。

拝殿右側には境内社と八大龍王と長浜弁財天の石碑

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

拝殿右側にも色々ありました。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_八大龍王

境内社の手前に八大龍王の石碑。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_境内社と長浜弁財天

その奥に境内社と長浜弁財天の石碑。

拝殿左側にも境内社_ここで左右対称の三つ巴紋に気づく

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_境内社

拝殿左側にも境内社。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_境内社に右三つ巴紋

ここで気づいたことがあります。

境内社にかけられている帷の三つ巴紋が左右対称なのです。

これは初めて見ます。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_拝殿の帷には左三つ巴紋

中央の拝殿にかけられていた帷は、宇佐神宮と同じ「左三つ巴紋」でしたが、この境内社の帷は、左三つ巴紋と右三つ巴紋、両方です。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_境内社に右三つ巴紋と左三つ巴紋左右対象

反対側の境内社も、よく見たら左右対称でした。

これは、何を示しているのでしょう。

境内の中には多くの「石」

この神社には多くの「石」や「石造物」が目につきました。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_巨石

こちらは自然石ですよね。

狛犬のように二か所、同じような石がありました。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_巨石

色の違う石が重なり合っています。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_玉垣

玉垣と呼ばれる石の柵。歴史を感じます。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_石灯籠?

他では見たことがない形の石造物。

崩れそうなのか、支柱で支えられています。

石灯籠の形にも見えます。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_春日灯籠

こちらは小ぶりな春日燈籠。

奉納した方の名前が「丹生」なのが気になります。

これまで史跡を巡っていると現れてきた「丹」がここにも。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_石灯籠

山が二つ。

よく見かける新しい春日燈籠は、山が三つなのですが。

拝殿を見上げると見えた「菊」

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

拝殿の上を見上げると、木鼻の彫刻の上にさらに彫刻がありました。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録

菊の花

菊は奈良時代に中国から伝わったそうです。

菊と企救。

そういえば「きく」という読みが同じですね。

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_木鼻

こちらは逆サイドの木鼻です。

木鼻が狛犬というのは、珍しいそうです。

神社の端にお神輿格納庫

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_木鼻

鳥居を出て、神社の右奥に向かうと

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_木鼻

立派なお神輿格納庫がありました。

お神輿があるということは、まつりがある。

神社よりも先に、まつりがあったという歴史を考えると、この神社は確かな古い歴史がある証拠だと思います。

おわりに

【福岡県北九州市】小倉北区長浜町貴布禰神社 2026年4月撮影記録_境内

北九州市に暮らしていた頃は見えなかった、この土地の古い歴史。

今年はこのエリアでも、歴史の跡を、この目で確かめていきたいと思います。

福岡県神社誌で長浜町貴布禰神社の情報を確認

福岡県神社誌 下巻で確認

貴布禰社
高淤加美神、闇淤加美神、三筒之男神
長濱字蛭子堂

由緒付無各社の項目に情報がありましたが、由緒など詳しくは不明。

しかし住所に「蛭子堂」と書かれていたことが気になりました。

長浜町貴布禰神社の場所

〒802-0013 福岡県北九州市小倉北区長浜町2−21

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この記事を書いた人

ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。
2021年に移住。フォトライターとして取材・インタビューを重ねる傍ら、このメディアを運営し、ZINEを制作・販売しています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も両方を媒体にして、このエリアのことを記録しています。

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