【福岡県北九州市】小倉北区 門司口門 2026年4月 撮影記録

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門司口門の看板

小倉駅から徒歩で長浜貴布禰神社へと行くすがら、川沿いに看板を見つけました。

【福岡県北九州市】小倉北区 門司口門 2026年4月 撮影記録

JRの高架のすぐ近く

【福岡県北九州市】小倉北区 門司口門 2026年4月 撮影記録

海が近い川沿いに、その看板はありました。

【福岡県北九州市】小倉北区 門司口門 2026年4月 撮影記録

「門司口門」と書かれていました。

京町の通りを東に突き当たり、左折して海岸の石垣まで来て反転して門をくぐる。門を出て外堀の砂津川にかかる門司口橋は、今もそのままの位置で長浜に向かう。

この道は江戸時代の参勤交代にも使われた。九州諸藩の大名は、常盤橋周辺の本陣で一泊し、明朝、京町筋 を通って大里へ向かった。
小倉では最も重要な道なので、昼夜常に開門しており、番所には数人が交代で勤めていた。
門の内側には数軒の寺が並んでいたが、現在では「西顕寺」と峯高寺の跡に来た「生徒寺」だけである。

看板の向こうが、門司口橋ということでしょうか。

また、お寺がもっと沢山あったようです。

【福岡県北九州市】小倉北区 門司口門 2026年4月 撮影記録

小倉では最も重要な道。

小倉駅近くには川・海

そう思うと、見える景色が違ってきますね。

門司口門跡の場所

〒802-0013 福岡県北九州市小倉北区末広1丁目1−1

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ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。
2021年に移住。フォトライターとして取材・インタビューを重ねる傍ら、このメディアを運営し、ZINEを制作・販売しています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も両方を媒体にして、このエリアのことを記録しています。

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