姫路と国東半島の「鬼会」を考察する中で、「鬼」が単なる悪役ではなく、特別な意味を持つ存在であった可能性が見えてきました。
この「鬼」の正体をさらに掘り下げると、現在の拠点である豊前市の古社大富神社において、神楽に登場する鬼が猿田彦大神（さるたひこのおおかみ）であるという伝承があります。
今回は、豊前神楽の鬼が持つ多面性、そして「神＝鬼＝仏」という複雑な信仰観が、いかにこの豊前地域に根付き、そして明治の改変の波を乗り越えてきたのかを考察します。
豊前神楽の「鬼神」と猿田彦大神
豊前神楽において、鬼は「鬼神（きしん）」と称され、畏敬の念をもって扱われます。彼らは人々を苦しめる悪しき鬼ではなく、神楽の重要な演目である火を使う「湯立」にも深く関わります。
そして、大富神社の伝承では、この鬼神の正体が猿田彦大神であるとされます。
猿田彦大神の役割: 猿田彦大神は、天孫降臨の際に道案内を務めた導きの神として知られています。
習合の可能性: 猿田彦大神が神楽の鬼として登場するということは、豊前神楽の鬼が、単なる荒ぶる存在ではなく、聖なる導き手や守護者としての役割を担っていた可能性が考えられます。
これは、国東半島の修正鬼会における「鬼は仏の化身」という考え方とも結びついているように見えます。
この地域には、一般的な「悪者」としての鬼のイメージとは異なる、神聖な救済者としての鬼の解釈が共通して存在していた可能性が考えられます。
「鬼が仏になった里」と信仰の融合
国東半島が「鬼が仏になった里」として知られるのは、この地域に深く根付いた神仏習合の歴史を示しています。
もともとの神道や自然信仰に仏教が伝来することで、神も鬼も仏も、同じ根源的な力を宿す存在として捉えられてきた歴史があります。
豊前神楽の鬼が「鬼神」であり、その正体が猿田彦大神であるという伝承は、この「神＝鬼＝仏」という融合の思想が、国東半島だけでなく、豊前地域にも深く根付いていたことを示唆しているように見えます。
明治の改変
このような複雑で多層的な信仰の形は、明治時代の神仏分離令と国家神道の推進によって大きな改変を経験しました。
中津市の古社の宮司さんの口伝には、「神楽のセリフやストーリーは明治時代前後で変えられたのは事実」という言葉が残っています。
これは、この時代の政治的な圧力が、地方に根ざした信仰の細部にまで及んでいたことを物語っているように見えます。
神楽の台本が変更されたということは、そこに込められていた「神＝鬼＝仏」のような多層的な思想が、国家が求める統一的な神道観に合わないとして、意図的に削除されたり、修正されたりした可能性が考えられます。
古文書からは見えにくい、このような地方レベルでの信仰の変遷は、日本の古代信仰の多層性を理解する上で非常に重要な手がかりと考察されます。
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