移住した豊前市から一番距離的に近い国東半島エリアといえば、豊後高田市です。
豊前市、中津市、宇佐市、豊後高田市と続いています。
以前よりずっと気軽に行けるようになった豊後高田市へは、何度も足を運びました。
そして現地の人からも話を聞くこともできました。
この記事では名前が分らず気になっていた豊後高田市で見た山の名前について記録しておきます。
六郷満山最大の寺院と呼ばれた馬城山伝乗寺跡地
豊後高田市で見た山がある場所は、「六郷満山最大の寺院」と呼ばれたという馬城山伝乗寺跡地です。
「真木大堂」といえば、伝わりやすいかもしれません。
豊後高田市の真木大堂に行くと、本堂の裏側から階段の入口があります。

入口脇の看板には「六郷満山最大の寺院 馬城山(まきさん)伝乗寺 大展望 古代山岳信仰山頂遥拝所 六所権現 金比羅宮」と書かれています。
真木大堂は、かつて馬城山伝乗寺(更に古くは喜久山(きくやま))と呼ばれた大寺院で、その寺域は現在の田染真木にとどまらず、真中・小崎・横嶺へと伸びて、西叡山と接するあたりにまで広がり、夕日岩屋・朝日岩屋・稲積岩屋(鍋山磨崖仏)などの7の末寺、大門坊をはじめとする36もの坊をしたがえていたとされています。
豊後高田市ホームページから引用
六郷満山中、最も大きな寺だったと伝わる馬城山伝乗寺ですが、その姿は今はありません。
伝乗寺はかつて六郷満山の「本山八ヵ寺」中でも最大の規模を誇り、満山の中心的寺院として隆盛を極めたと言われているそうです。しかし、その創建については確たる文献もなく、「幻の寺」とされている寺院だそうです。今では地元の人々の厚い信仰を集めてこの地で大切に保存されています。
豊後高田市ホームページから引用
創建について確たる文献もなく、「幻の寺」とされている寺院。
ですがその寺院で祀られていたという仏像が、地域の方によって今でも守られています。
その仏像を見ることができるのが、「真木大堂」です。


階段をのぼっていくと、「金毘羅宮」と刻まれた小さな鳥居があります。

階段から20分程度歩くと山頂に着きます。
こちらが金毘羅宮です。
個性的でかわいい面立ちの狛犬さんが守る石祠が向かう方角には(西)

驚くほど存在感がある山があります。


持っているなかで一番遠くが写せる望遠レンズで撮影しましたが、自然にできたものなのか、何か刻まれているのか。ちょっと分からないです。

この山の名前がずっと分らなかったのですが、豊後高田市の文化財室所属のMさんから伺うことができました。
「喜久山」と書いて「きくやま」、かつては「菊山」と呼ばれていたそうです。
名前が変わったのはいつだったのだろう。
そしてなぜこの大きな岩山の名前に「菊」がつけられたのだろうと、不思議に思いました。
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