牛頭天王を祀る廣峯神社はなぜ姫路にあるのか:藤原氏と龍神信仰のつながりを探る

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疫病除けの神として知られる牛頭天王(ごずてんのう)の総本宮、廣峯神社(ひろみねじんじゃ)が、なぜ兵庫県姫路市というこの地に鎮座するのか、という疑問は、その信仰の範囲を考える上で重要な論点です。

この素朴な疑問に対し、これまでに集めてきたキーワードから、中臣氏(後の藤原氏)と龍神信仰がこの地で交差していた可能性を考えてみます。

目次

廣峯神社と「中臣」の地名:藤原氏の影

牛頭天王は、日本の神である素戔嗚尊(スサノオノミコト)と習合し、疫病退散の守護神として全国で篤く信仰されてきました。その総本宮が廣峯神社である理由を探る一つの手がかりが、周辺の地名にあります。

「中臣」の痕跡

廣峯神社からほど近いたつの市揖保町には、中臣(なかじん)という地名と、中臣城の跡が残っています。

古い読みの維持

さらに、同じく揖保町中臣にある中臣印達神社(なかとみ いたてじんじゃ)には、「なかとみ」という古い読みが残っています。

この「中臣」という地名は、日本の古代史を彩る有力氏族、中臣氏(後の藤原氏)との繋がりを想起させます。

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豊のくにあと運営者。
福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。

2021年に移住。フォトライターとして取材を重ねる傍ら、ひとりでこのメディアを立ち上げ、ZINEの制作・販売まで行っています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も。どちらも自分の「媒体」として、このエリアの魅力を発信し続けています。

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