宇佐神宮や多くの八幡神社と違う向きの三つ巴紋「右三つ巴紋」を国東半島の北端で見つけて以来、なぜ向きが違う三つ巴紋があるのかと調べています。

歴史の専門家に尋ねても「さぁ、考えたこともありませんね」との回答でしたが、自力で調べていくうちに、やはり意味があるのでは?と思いを強くしています。

右三つ巴紋の神社を沢山調べたり、分布図でも作ればもっと色々なことが分かるんじゃないかと調べ続けているのですが、すぐに全てに出向くのはなかなか難しい状態です。
すぐに行けなくても「いつか見に行きたい気になる神社」として、調べたことをメモ代わりに記事化しています。
福岡市西区女原 女原神社のGoogleMapの画像で右三つ巴紋を確認
以前、右三つ巴紋がある神社を探した時、福岡市以西でよく見つかる気がしていました。
そこでGoogleMapで、古い時代の確実な痕跡である古墳と共にある神社を探してみたところ、右三つ巴紋を確認できました。

若八幡宮古墳に隣接する「女原 若八幡宮」のGoogleMapで右三つ巴紋の画像が見つかったので、さらに周辺の神社を調べて、女原神社でも右三つ巴紋を確認できました。

このメディアで追っているのは、古代の古層の信仰です。
九州北部が大和朝廷の勢力下になる前、別の大きな勢力があり、その痕跡を追っています。
メモ①:近くに古墳、池
この神社の近くには、若八幡宮古墳(四世紀後半の前方後円墳)・山ノ鼻1号古墳・谷上古墳があります。
古代から何かがあったエリアであることは間違いないでしょう。
それに笠掛池が目前にありました。
笠掛池についてはネットで調べたところ、新しい時代のものなのか、古くからのものなのか、池だけでなく神社については詳細不明でしたが、水があるところには通常「水の神」が祀られます。
メモ②「女原」なんと読む?
福岡市博物館ブログの記事を確認したところ、「みょうばる」と読むようです。
「女原」があるということは、「男原」はあるのかと調べてみたら、「男原」は見当たりませんでした。
気になったのは「ばる」という音です。
私が住んでいる旧・豊前エリアには「唐原(とうばる)」という地名があり、広島にも「段原(だんばる)」という地名がありました。
調べてみると、「太宰府魅力発見塾」の記事で「韓国では『原』をパル、ボルと読み、村や集落を意味していて、このパル、ボルからきているだろうといわれています」と説明がありました。
渡来人が多く住んでいたエリアということなのでしょうか。
メモ③ このエリアの北側の熊野神社などでも右三つ巴紋
このエリアの北側、海近くのエリアで見つけた熊野神社など複数の神社で右三つ巴紋を確認できました。



福岡市西区女原 女原神社の場所
〒819-0376 福岡県福岡市西区女原161
なぜ右三つ巴を追っているのか? これまでの足跡はこちら
メモ代わりに残している「調査ノート」の記事ですが、もしも「右三つ巴紋とは何?」と興味をお持ちいただけたなら、以下の記事も併せてご覧ください。
右三つ巴紋と左三つ巴紋は何が違う?↓

右三つ巴紋の記事まとめ↓






