撮りためたGoogleフォトを眺めて、まだ記事化していなかった写真をアップしています。
2022年11月に訪れていたのは、宇佐神宮東側にある大尾山(おおおやま)に鎮座する大尾神社です。
大尾神社 2022年11月 撮影記録
2021年春に豊前市に移住してから、宇佐神宮によく訪れるようになりました。

当時は今ほど謎を感じてはいなかったものの、不思議だと思っていたことはいくつかあります。

違和感と言ってよいかもしれません。
宇佐神宮の参道から、東に向かってまっすぐのびる道。
その先に見える大きな鳥居が、大尾神社の鳥居でした。

鳥居をくぐると石段が続きます。
しばらくのぼって行かねばなりません。

石段の後は、坂道をのぼっていくと、大尾神社です。
格子の扉を開いて、先に進むことができました。
宇佐神宮の主祭神である八幡大神の御分霊が祀られる神社です。
大尾神社とは
大尾神社は、宇佐八幡大神がかつて15年間にわたり鎮座された、極めて神聖な場所です。
奈良時代の765年、東大寺の大仏造立への協力を終え、奈良から帰還した八幡大神の神託により山頂に本殿が造営されました。
この時期、都では僧・道鏡が皇位を狙う「宇佐八幡宮神託事件」が起こります。
神託の真偽を確かめるために派遣された和気清麻呂(わけきよまろ)に対し、八幡大神がこの地で「皇位は皇統の者が継ぐべきである」との正しい神託を授け、国家の危機を救ったと伝えられています。
後にご神体は小椋山の一之御殿(現在の本殿)へ戻られましたが、国家の岐路に大神がその意思を示した特別な地として、今もなお大切に守り伝えられています。
浮かんだ疑問
この神社は、子供の頃、教科書で読んだ「宇佐八幡宮神託事件」の舞台の一つでもありました。
不思議に思ったのが、なぜ、国家の岐路に、京都からわざわざこの地に八幡神の神託を聞きに来る必要があったかです。
そして奈良から戻ったとされる八幡神がなぜこの大尾山の山頂に本殿を造営し、そして後になぜ今の宇佐神宮上宮がある小椋山に戻ったのか。
「なぜ」に対する回答がいずれも得られなず、何かスッキリしなかったことが、印象に残りました。
大尾神社の場所
〒872-0102 大分県宇佐市南宇佐



