
移住してからずっと不思議に思っていた、宇佐市や中津市に多くの貴船神社が存在する謎。
「本拠地の京都には1ヶ所しか貴船神社が無かったのに、なぜだろう?」そう思って、色々調べては記事を発信しています。
そうしていくうちに、読者の方からの情報提供で、「駅館川流域の貴船神社にのみ、なぜか鍾馗様が祀られている」と知りました。
「一度、現地に行ってみよう」と、豊前市から約40分ほどの距離にある、宇佐市下拝田の貴船神社に行ってみることにしました。
ちょうど所用で宇佐市安心院町に行く道すがらだったのです。

下拝田の貴船神社です。
周りは田んぼに囲まれた、のどかな場所にありました。
この近くには、白鳳時代の寺院「虚空蔵寺」跡や、懸造の鷹栖観音堂など、古い歴史が残る場所でもあります。
雲のような彫刻が刻まれた扁額。こちらは新しいように見えます。

この鳥居は明治十三年と刻まれていました。

石灯籠をじっと見ると、違和感。
台座の上、台座の下では色が違います。
上のほうが、やけに新しく見えます。


狛犬の色と、石灯籠の台座の下からは同じ色のようです。

狛犬のほうには「大正」と刻まれていますね。

拝殿です。
右側に古そうな石祠や石灯籠などがあります。

拝殿には天井絵がありました。
それに写真が額に飾られています。

「平成3年9月14日午前9時頃、未曾有の大型台風17郷「風速50米以上」により社の御神木が倒壊する。有史以来 始めての出来事のため、後世に記念として残す」「樹齢不詳」と記載があります。
社殿の大きさと比較したら、その大きさが分かりますね。

こちらは「平成12年6月(2000年)旧神社境内の全景」とあります。

狛犬手前の白い壁に瓦が新しい様子だったのは、改修されたということでしょうかね。

拝殿に向かって右側へ。
石祠や、大きな石、それに石灯籠の頭部分などが置かれていました。

色といい、苔むした様子といい、古そうです。

石灯籠には、私が謎を追いかけ続けている、おそらく「右三つ巴紋」がありました。


いったいいつの時代のものだろう?
そう思って石灯籠をぐるりと見てみましたが、時代が分かりません。

苔むした、大きな石。

時代を感じる石碑のようなもの。

こちらの石柱はなんでしょう。

さらに奥のエリアは、不思議なことに石灯籠の一部ばかりが置かれていました。

こちらの石灯籠は真中部分が無いように見えます。

この石灯籠も、同様です。

こちらも。

こちらの石灯籠もそうです。
一部だけが残っています。

鯱 (シャチホコ)がありました。
「右三つ巴紋」と同じく、私が追っている謎に関わるキーワードのひとつです。
別のエリアでも、こんな風に鯱が残されていたのです。

鯱は、この「豊のくに」エリアで根付いていた古代の龍神信仰に関わるものではないかと推測しています。
新谷尚紀 監修、古川順弘 著「神社に秘められた日本史の謎」には、明治時代に入り、新政府によって全国の神社の御祭神が書き換えられたと書かれています。
この他にも、地方の小さな神社には、仏像をご神体として、山の神、地主神などを祀る民俗信仰的な神社が多かったが、山の神→大山祇神、地主神→大国主神・少彦名神というふうに祭神が改められ、仏像は撤去されて新たなご神体が指定された。
このように、神仏分離にともなう神社の祭神の変更は、建前は神仏習合前の祭神に戻すという形だったが、現実に行われたのは、記紀神話や『延喜式』「神名帳」によって権威づけられた特定の神々に信仰対象を転換するという作業であり、それは、全国の神社を国家的なイデオロギーのもとに包摂するという役割をもたらしたのである。そして、今日の神社の多くは、明治の神仏分離令によって祭神が変更されていて、現行の社号や祭神としての歴史は、意外に浅いのである。
神社に秘められた日本史の謎 (宝島社新書) p.155
「神社の祭神が明治維新で変更されたのはホント?」から引用
明治時代のことを知る人がほとんどいなくなり、かつ国家権力によって書き換えられたというなら、立証することは難しいとは思います。
しかしこの神社の様子を見たら、残そうとした地域の方の努力が見られるような気がしました。

さて次は拝殿の奥、本殿を眺めます。
ぱっと見た印象では、豊前市の古社「角田八幡宮」と似ている気がしました。

よく見ると、屋根の下側に雲の彫刻が見えますね。
実はこれも、私が探しているキーワードのひとつです。

本殿の正面。
雲と波と、それに龍が刻まれていました。

珍しいと思ったのが、こちらの2つの彫刻です。

椿の花のようですね。

空を飛ぶ天女でしょう。
こちにも雲が刻まれていました。
椿の意味はなんでしょう。

色々キーワードが見つかったけど、読者の方が教えてくださった鍾馗様が見つからない。
どこだろうと、拝殿の周りをぐるっと回ってみたところ、「あっ」

ありました、鍾馗様。
しかも雲の彫刻と右三つ巴紋も。
この神社で見つけたキーワードの多さ。
男性(鍾馗様)と女性(天女)という一対も、探しているキーワードのひとつです。
ほかの駅館川流域の貴船神社にも、行ってみたいと思いました。
2026年5月追記

「鍾馗さま」とお伝えしたこちらですが、正しくは「鬼面瓦」でした。
失礼しました。
京都の鍾馗さまの別バージョンかと勘違いしておりました。


しかし、「鬼」というキーワードつながりは、瀬戸内海の気になる神社で見つけることができました。
鬼瓦についても別記事で取り上げたいと思います。
貴船神社(下拝田)の場所
すぐそばには駅館川が流れる場所です。
この記事に近い記録

今回の記事で29本目のアーカイブとなります。
宇佐市下拝田の貴船神社への訪問記録は、これまで筆者が点として集めてきた「鍾馗様」「右三つ巴紋」「鯱(シャチホコ)」「雲の彫刻」「天女」といった重要なキーワードが、一箇所に凝縮されて現れた、まさに「宝庫」のような場所ですね。
明治期の神仏分離による「祭神の書き換え」という大きな歴史の荒波を受けながらも、地域の先人たちが石灯籠や彫刻の断片を大切に残してきたその姿は、沈黙を守りつつも雄弁に「本来の信仰」を現代に伝えようとしているかのようです。
それでは、29本目の英語要約とトピックを作成しました。
English Summary
An English summary has been added below to share these records with readers around the world.
Please note: This summary was generated using AI translation (DeepL or Gemini). While we strive for accuracy, some technical terms or subtle nuances of local history may differ from the original Japanese.
Topic: A Treasure Trove of Symbols: The Kifune Shrine in Shimohaida and its hidden codes.
Summary: Following a tip from a reader about Shoki-sama (the Demon Queller) being enshrined along the Yakkan River, the author visited Kifune Shrine in Shimohaida, Usa City. The site proved to be a remarkable discovery, containing numerous motifs the author has been tracking: the Mitsu-tomoe crest, dragon-like Shachihoko (gargoyles), cloud carvings, and a pair of celestial figures—Shoki-sama (male) and a Tennyo (celestial maiden). These artifacts, some preserved only as fragments, suggest a complex spiritual history that predates the religious reforms of the Meiji era. The author posits that these symbols reflect an ancient, local dragon/water faith that local people fought to preserve despite official efforts to rewrite the identity of their gods.


