ブログ一覧ページ
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宗像大社辺津宮 高宮祭場 秋季大祭に行ったときのこと(10月3日午前)
本州生まれの本州育ちの自分が北九州市に移り住んだのは、大人になってからのことです。 だからか、周りの福岡県民からの言葉 「車を買ったら、宗像大社でお祓いしてもらうんですよ」 「出光の創始者は、とても宗像大社を大切にしていました」 に、新鮮な... -
豊前神楽「友枝神楽講」奉納 (宇佐市武領地区/若宮社・稲荷神社・貴布禰神社)歴史カメラ散歩
移住した豊前は神楽が盛んな地域でした。 豊前神楽、国指定無形重要文化財。 ただし「豊前」が付くからといって、現在の「豊前市」だけの神楽ではありません。「豊前神楽」は、福岡県と大分県にまたがる多くの地区で継承され「福岡県豊前神楽保存連合」と... -
応利山 報恩寺 奥の院(豊後高田市/国東半島)フォトライターの夏の歴史カメラ散歩
お盆を過ぎて、少し秋の気配を感じたのは束の間です。 厳しい残暑が続く9月となりました。 そんな折に向かった先は、国東半島、豊後高田市の応利山。 平安時代に栄えた天台宗の寺院群「六郷満山」の第三札所である報恩寺があった場所です。 「第三」とは... -
白鬚大明神は猿田彦大神(八衢大神)
日田の神社の看板に、気になることが書いていたのでメモ代わりに記しておきたいと思います。 御案内 若宮町若竹会椋の木と白鬚大明神この椋の木は樹齢約三百年高さ二十五m幹回四、九mで、特に根元に様々な形をした樹瘤は大変珍しいものです。白鬚大明神(... -
国内最大級の磨崖仏、国東半島の「熊野磨崖仏」へ(豊後高田市)
自分は本州生まれの本州育ちです。 「磨崖仏」という存在を知らずに育ちました。 大人になって北九州に住んでから、「磨崖仏を見に行った」という人の話をチラホラ耳にするようになりました。 磨崖仏とは、岸壁などに刻まれた石の仏といわれますが、SNSや... -
行橋市内最大の前方後円墳「八雷古墳」と「八雷神社」へ
2024年になってから「古墳」へ積極的に足を運ぶようになりました。 歴史好きなに、それまであまり行かなかった理由とは「お墓なので何か怖い」「無関係なので畏れ多い」 ある時古墳にはまるイラストレーターの女性のブログを見つけ、読んでいくうちに「そ... -
宇佐市安心院町筌ノ口|山神社と枡の口湧水(ますのくちゆうすい)へ
移住してからたまに見かけるシンプルな神社の名前「山神社」。「さん」なのか「やま」なのか、読み方ももよく分からないほど、馴染がありませんでした。 これまで行ったシンプルな名前の神社は、古くからありそうな印象を受けた記憶があります。 この大分... -
【嘉麻市】福岡県指定史跡4世紀後半の前方後円墳「沖出古墳」へ
歴史が好きで色々まわってはいても、まだまだ知らないことは沢山あります。 古墳があった場所は、古代の人たちにとって重要な場所であるという事実も最近知りました。 風水的にも大変優れた場所でもあるそうです。 その土地を治めていた、「豪族」と呼ばれ... -
透留社(豊後高田市/国東半島)フォトライターの夏の歴史カメラ散歩
台風前に何とか行くことができた国東半島一泊二日旅行です。 豊後高田市の応暦寺と重野岩窟仏を撮影した一日目に宿泊した真玉エリアから、国東半島の北端近くの道の駅へと山道を抜け、国東半島の北端部の国見へ向かいました。 その嘉永に、海沿いから豊前... -
重野岩窟仏(大分県豊後高田市)フォトライター夏の歴史カメラ散歩
国東半島は、大分県の北東部に位置する半島。 豊後高田市、国東市、杵築市、速見郡日出町で構成されています。 移住した豊前から一番近い国東半島といえば、豊後高田市です。 歴史と自然が好きで、移住前から国東半島には旅行に訪れていました。 北九州か...