撮りためたGoogleフォトを眺めて、まだ記事化していなかった写真をアップしています。
2019年9月に訪れていたのは、鎮国寺です。
鎮国寺 2019年9月 撮影記録
2019年といえば、移住する2年前です。
この頃は住んでいた北九州を中心に色々な史跡に行っていたようです。
その起点となったのが、宗像大社であり、その近くの鎮国寺にも足を運ぶようになりました。
鎮国寺(福岡県宗像市)は、806年に唐から帰国した空海(弘法大師)が日本で最初に創建したと伝えられる、真言宗最古の寺院です。
宗像三女神を祀る宗像大社の神宮寺として栄えた場所です。

鎮国寺は宗像大社から見ると山の上にあります。
そう高くない山の上ですが、このように開けています。

向かい合う龍の手水。

本堂の先に行くと、池があります。

右から、見ざる、言わざる、聞かざる。

おそらく今は別の場所に移動されたお地蔵様。
私のなかで、鎮国寺といえばこちらのお地蔵様たちだったんですよね、なぜか。

季節によって、装いも、周りの花も違っていました。

この時はまだ、暑いぐらいでした。でも今ほどではない9月の暑さ。

そこかしこに石仏。

子供と寄り添っているかのように見えました。

こちらは…お不動様?
2026年の気付き
当時は意識していなかったこちらの石像。

明治の神仏分離や戦争の影響か、非常に荒廃していたという鎮国寺を復興させた、僧侶・立部瑞祐または出光佐三の姿でしょうか。


2019年には全く気付きませんでしたが、最近、お寺の中とそばに古墳があることを知りました。
それほど歴史がある場所なのに、なぜ荒れ果てていたのかは気になります。
鎮国寺だけでなく、宗像大社も荒れ果てていたというのですから。
神仏分離だけが原因だったのでしょうか。
立派な本殿を構え、正月には全国から大勢の初詣客で賑わう日本有数の神社だが、かつてはそうではなかった。現在の宗像大社は出光が数十億円をかけて整備したもので、再建前の神社は廃れた雑木林の中にあった。
1885年、福岡県宗像郡赤間村(現在の宗像市)で生まれた出光は信心深く、宗像大社を幼い頃から崇敬していた。出光興産の東京本社にも宗像大社が祀られていた。
1937年、宗像大社を参拝した際、荒れ果てた状況を目の当たりにした彼は心を痛め、42年、「宗像神社復興期成会」を結成し、初代会長に就任。約30年かけて、私財数十億円を投じ、神社再建に尽力した。
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~②出光佐三後編 から引用

そして、こちらの紐がさげられたお堂の屋根の丸い部分の紋章が、私が追っている「右三つ巴紋」に似た紋でした。
尻尾の流れが時計周り。宇佐神宮と逆向きの。
見直してみると、発見がありますね。
鎮国寺 の場所
〒811-3506 福岡県宗像市吉田966



