歩き続けていたら、神功皇后伝承が浮かび上がってきた

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ここ数年、旧豊前国から国東半島にかけて、山岳信仰や水神信仰、八幡信仰の痕跡を追いながら各地を歩いてきました。

最初は右三つ巴紋や、山の中に残る海神社、貴船神社、龍神伝承など、それぞれ別のテーマとして見ていたのですが、フィールドワークを重ねるうちに、ある存在が何度も浮かび上がってくるようになりました。

神功皇后です。

これまでは、あえて神功皇后伝承について深く書いてきませんでした。

伝承は広範囲に存在し、史実との距離感も難しく、安易に結論づけたくなかったからです。

ただ、豊前・宇佐・国東の地形や信仰を歩いて見ていくと、

・海と山を往復する神事
・水辺に残る比売神信仰
・八幡と結びついた女性神
・龍神や航海に関する痕跡

などが、少しずつ一本の水脈のように繋がり始めました。

もちろん、何かを断定したいわけではありません。

ただ、これまで歩いてきた場所を改めて見直した時、「この場所にも神功皇后伝承があった」という点が、想像以上に多いことに気づき始めています。

これからは、既に訪ね歩いてきた土地に残る神功皇后伝承についても、少しずつ記録を追記していこうと思います。

断片を並べていった先に、何が浮かび上がるのか。

まずは、現地に残る痕跡そのものを静かに見つめてみたいと思います。

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この記事を書いた人

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豊のくにあと運営者。
福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
活動エリアは、北九州から東〜中津〜宇佐〜国東半島の北西部。
拠点は、築年数不明の古民家を借りて開いた小さな図書館。
古代史が好きで、歴史旅サイト「豊のくにあと」を運営しています

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