神社を地図に置いて、線でつないでいます。
最初から、何かの形を探していたわけではありません。
これまで「豊のくにあと」で追ってきた神社や、気になった場所を一つずつ地図に置いていった。
あるとき、その点を線で結んでみると、三角形が見えてきました。
しかも、一つではありませんでした。
まず、小さな三角形から
宮地嶽神社、高良大社、大富神社。
この三つを地図上で結ぶと、きれいな三角形になります。
「本当に、三角形に近いのだろうか」
そう思って、実際に距離を測ってみました。
すると、
宮地嶽神社―高良大社 約54km
高良大社―大富神社 約60km
大富神社―宮地嶽神社 約60km
となりました。
正三角形ではありません。
けれど、高良大社から大富神社までと、大富神社から宮地嶽神社までの距離は、ほぼ同じです。
地図を見て「三角形に見える」と思っただけではなく、実際に測ってみても、少し気になる形でした。
さらに、大富神社、高良大社、奈多八幡宮を結んでみました。
こちらは、
大富神社―高良大社 約60km
大富神社―奈多八幡宮 約61km
高良大社―奈多八幡宮 約107km
となりました。
今度は、二つの辺がほとんど同じ長さ。こちらは、かなり分かりやすい二等辺三角形です。
もちろん、どこを地点として測るかによって数字は変わります。
この数字だけで、古い時代に何らかの意図があったと考えることもできません。
でも、「なぜ、こんな形になるのだろう」そう思うには十分でした。
そして、地図をもっと広げてみた
これまで見てきた三角形を、さらに広い範囲で見てみることにしました。
すると、今度は九州の中だけでは収まりませんでした。
線の一つが、九州を越えて広島へ向かっている。
その先にあるのが、宮島。厳島神社(奥宮)です。
北部九州で見ていた三角形が、瀬戸内海を越えて宮島まで伸びていく。
最初に地図を見たとき、「ここまでつながるのかな」と思いました。
線を伸ばしてつなげていくと大きな二等辺三角形に似た形が現れた
先にお伝えした「宮地嶽神社、高良大社、大富神社」のきれいな三角形、「大富神社、高良大社、奈多八幡宮」を結ぶ二等辺三角形が気になっていて、交点の大富神社から直線を伸ばしたら、厳島神社(奥宮)に到達しました。
この頂点などから線を結べば何が浮かぶのだろう。
そう思って線をのばし、点と点を結んでいくと、九州に大きな二等辺三角形のような形が現れました。
線の上には、何があるのだろう_平野や盆地
気になったのが、地形です。
線が通っている場所をよく見ると、平野や盆地と重なるところがあります。
玖珠、高千穂、えびの、竹田、熊本。
もちろん、すべてがぴったり重なるわけではありません。
でも、神社の位置だけを見ていたときには気づかなかったものが、地図を広げることで見えてきました。
神社だけではなく、人が暮らしてきた場所と、線が重なっているように見えて気になっています。
反対に、気になる「空白」
ただ、今回の地図には、もう一つ気になるところがあります。九州南西部です。
線はそこを通っているのに、他の地域に比べると、その線上に目立った神社があまりありません。
神社がないわけではありません。
私がこれまで追ってきた神社の中で、点が少ないということです。なぜでしょう。まだ見つけていないだけなのか。
そこには別の信仰の残り方があるのか。
それとも、そもそも神社の配置とこの線には関係がないのか。
「あるもの」だけでなく、「ないもの」も気になり始めました。
地図を重ねてみたくなった
ここまで来ると、神社の位置だけではなく、もっといろいろなものを重ねてみたくなります。
山、川、平野、盆地、海、古い道。そして、人の移動。
神社は、何もないところに突然現れるわけではありません。
人が暮らし、移動し、祈りを重ねてきた場所に、長い時間をかけて残っていくものでもあります。
だとしたら、この線はいったい何をつないでいるのでしょう。
神社をつないでいるのか、人の暮らしをつないでいるのか。
それとも、地形が人の動きを決め、その結果として神社が残っているのか。
宮島まで伸びた線の先に

これまで私は、主に北部九州の中で神社を追ってきました。
右三つ巴紋を追ったり、武内宿禰を追ったり、高良や阿蘇とのつながりを見たり。
一つの神社で見つけた小さな疑問から、別の場所へ移動する。
そんなことを繰り返してきました。
今回も、同じでした。
地図の上に点を置く、線を引く、また別の場所が気になる、そこを調べる。
そうしているうちに、いつの間にか線が大きくなっていました。
北部九州から、大分へ、熊本へ、そして、宮島へ。
点だったものが、線になった
地図を見ていると、少し不思議な気持ちになります。
私はこれまで、点を拾ってきたつもりでした。
神社。
祭神。
紋。
祭り。
地名。
一つずつ拾ってきた小さな点です。
それを地図に置いてみたら、
点が線になった。
線が三角形になった。
そして、その三角形は九州の外まで伸びていった。
ただし、これだけで「古代の人がこの線を意図してつないだ」とは言えません。
まして、古代の聖地ネットワークだったと証明できるわけでもありません。
今のところは、私が見つけてきた場所を地図に置き、線を引いてみたら、こうなった。それだけです。
でも、それだけで終わらせるには、少し気になる。
人の移動や暮らしが線を作ったのか。
地形が人の動きを決めたのか。
それとも、私が線を引いたから、そう見えているだけなのか、まだまだ分からないことだらけです。
これまで見ていた「点」の向こう側も、見てみたいものができてきた。
もう少し、地図を眺めてみようと思います。



