「膳所(ぜぜ)」と「吹上」――高家神社の由緒で気になった名前

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福岡県の宗像と、大分県宇佐。

この二つの土地を結ぶ伝承が残っている神社があります。

大分県宇佐市の高家神社です。

高家神社は宗像大神を祀る神社で、由緒書には、平安時代に宗像から宇佐へ神様が舟で渡ってきたという話が残されています。

天慶三年、九四〇年のことのようです。

当時、宗像郡が戦乱によって荒廃したため、新天地を求めて御祭神を舟に遷し、海へ出た。

そして、豊前国宇佐郡高家の浦に着船した――。

こうした由緒です。

この伝承がどこまで歴史的事実として確認できるものなのかは、ここでは置いておきます。

今回、私が気になったのは、その由緒の中に出てくる「人の名前」でした。

目次

「宗像氏・膳所氏・吹上氏」

高家神社の由緒書には、御着船や御祭神の奉斎に縁のある一族として、

宗像氏・膳所氏・吹上氏

の名前が挙げられています。

宗像氏は分かります。

宗像大神を祀り、宗像から宇佐へ神様が渡ってきたという由緒を持つ神社ですから、宗像氏が出てくるのは自然です。

でも、私には「膳所氏」と「吹上氏」が突然出てきたように感じました。

なぜ、この二つの氏族の名前がここに残っているのでしょう。

「膳所」は「ぜぜ」と読む

さらに気になったのが、「膳所」という名前です。

膳所は「ぜぜ」と読みます。

この読みを見たとき、私は国東半島で聞いた、ある名前を思い出しました。

「ゼゼノサマ」

国東半島には、善神王を「ゼゼノサマ」と呼ぶ伝承が残っています。

田染平野にある奇岩で、中世・今熊野寺や熊野村の境界のランドマークとなってきた「ウトノアナ・ゼゼノサマ」について、令和8年2月17日の官報告示により、正式に国の登録記念物(名勝地関係)に登録されました。

豊後高田市公式ホームページから引用

「膳所」と「ゼゼノサマ」。

もちろん、同じ「ぜぜ」という音だけで、両者に関係があるとは言えません。

同じ音だからといって、同じものだと考えることもできません。

ただ、宇佐の高家神社の由緒に「膳所氏」とあり、その読みが「ぜぜ」であることを知ると、私は少し気になりました。

また善神王は武内宿禰と同一視されています。

もう一つの名前、「吹上」

そして、もう一つ。

「吹上氏」です。

この名前も、なぜか引っかかります。

高家神社の由緒では、宗像から舟で宇佐へ渡ってきた一行が、「風波吹上の浦」に着いたとされています。

「吹上」という言葉には、風を感じます。

そして、ここは海から舟が着いた場所として語られている。

風と海。

その中に「吹上」という一族名が出てくる。

しかも由緒書の中では、「吹上」という言葉が場所の名前と人の名前の両方に現れています。

これも、何か関係があるのかどうかは分かりません。

いくつかの名前が並んでいる

こうして見ると、高家神社の由緒には、いくつか気になる点があります。

宗像から宇佐へ渡ってきたという伝承。

そこに登場する宗像氏。

そして、膳所氏と吹上氏。

「膳所」は「ぜぜ」と読む。

国東半島には「ゼゼノサマ」と呼ばれる善神王がいる。

「吹上」という名前は、由緒の中に「風波吹上の浦」という場所の名前としても登場する。

一つひとつを見れば、それだけのことかもしれません。

けれど、こういう名前に出会うと私は立ち止まってしまいます。

今は、まだつなげない

膳所氏がなぜ高家神社の由緒に登場するのか。

吹上氏とは、どのような一族だったのか。

「吹上の浦」という名前と、吹上氏には何か関係があるのか。

そして、「膳所」という名前と、国東半島の「ゼゼノサマ」には何かつながりがあるのか。

今のところ、私には分かりませんが、答えを出すためではなく、気になった点として記録に残しておきます。

宇佐と宗像を結ぶ由緒の中に残っていた、いくつかの名前。

「膳所」と「吹上」。

そして、国東半島で出会った「ゼゼノサマ」。

今はまだ、それぞれを別々の点として置いておこうと思います。

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豊のくにあと運営者。
福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
活動エリアは、北九州から東〜中津〜宇佐〜国東半島の北西部。
地域の古い痕跡を歩いて探し、歴史サイト「豊のくにあと」を運営しています。

古民家図書館TSUDURI主宰。
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