【調査ノート】福岡市西区徳永 若八幡宮古墳に隣接する「女原 若八幡宮」に右三つ巴紋?

右三つ巴紋
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宇佐神宮や多くの八幡神社と違う向きの三つ巴紋「右三つ巴紋」を国東半島の北端で見つけて以来、なぜ向きが違う三つ巴紋があるのかと調べています。

【宇佐市下庄】貴船神社の神楽奉納で右三つ巴紋を見つけた。
宇佐市貴船神社(下庄)の右三つ巴紋

歴史の専門家に尋ねても「さぁ、考えたこともありませんね」との回答でしたが、自力で調べていくうちに、やはり意味があるのでは?と思いを強くしています。

右三つ巴紋の神社を沢山調べたり、分布図でも作ればもっと色々なことが分かるんじゃないかと調べ続けているのですが、すぐに全てに出向くのはなかなか難しい状態です。

すぐに行けなくても「いつか見に行きたい気になる神社」として、調べたことをメモ代わりに記事化しています。

目次

福岡市西区徳永 女原 若八幡宮のGoogleMapの画像で右三つ巴紋を確認

以前、右三つ巴紋がある神社を探した時、福岡市以西でよく見つかる気がしていました。

そこでGoogleMapで、古い時代の確実な痕跡である古墳と共にある神社を探してみたところ、右三つ巴紋を確認できました。

右三つ巴紋が確認できた箇所

このメディアで追っているのは、古代の古層の信仰です。

九州北部が大和朝廷の勢力下になる前、別の大きな勢力があり、その痕跡を追っています。

メモ①:女原 若八幡宮の看板の情報

GoogleMapの投稿画像より

若八幡宮神社周辺の史跡案内

若八幡宮神社
当神社は、大天皇 仁徳天皇を祀ったもので. 鎮座の時代は不詳です。
寛政2年(1790年) 建立の石燈籠と文政13年 (1830 年) 建立の石鳥居があります。

若八幡宮古墳 (わかはちまんぐうこふん)
この古墳は4世紀後半の前方後円墳です。 若八幡宮社殿の真裏に後円部があり、 北のほうに前方部が延び ます。

山の鼻1号古墳 (やまのはないちごうこふん)
この古墳は4世紀中頃の前方後円墳です。 中国後漢時代の銅鏡の破片や4世紀頃とみられる土師器が出ました。

GoogleMapの投稿画像より

高祖山山頂より派生する標高29mの丘陵上に築かれた前方後円墳で、前方部を北に向けています。
本古墳は今宿バイパス建設に先立って確認調査されました。 その墳丘規模は全 長47m前方部長25m、後円部径25mで墳丘は三段に築かれています。
また遺体をおさめた内部主体は刳質の舟形木棺と考えられ、頭部に当たる木棺西側に集中して多くの副葬品がおさめられていました。
これらは三角縁神獣鏡、鉄製環頭太刀・剣・刀子・ヤリカンナ・斧・および銅製有孔円盤、玉類(管玉、小玉)、土師器(番台、 丸底)などです。
本古墳を含む今宿平野には12基の前方後円墳を主墳とする多くの古墳群が分布し、この中でも本墳は4世紀後半代に築かれ、古墳群の中で最古の位置を占めるものとして注目されます。
私たちの文化財を大切にしましょう。
平成4年3月31日 福岡市教育委員会

女原 若八幡宮のすぐそばに二つの古墳があり、一番近くの「若八幡宮古墳」が最も古い古墳のようです。

「刳質」とは聞き慣れませんが、ノミやカンナなどの道具を使って木をくり抜いたり削り出したりして造られた木棺がおさめられ、かつ「舟形」だったようです。

「舟」ということは、このメディア追っている「海」のキーワードともリンクします。

メモ② 古墳とつらなる高祖山に奈良時代の山城

高祖山(たかすやま)
高祖山は、標高416m。2023年に国の重要有形文化財指定を受けた髙祖神社から登り始めます。
約50分で登ることができますが、山頂に近づくにつれ、やや急な登りになります。

高祖山の西斜面一帯には、太宰府防衛の西の拠点として築かれた奈良時代の山城である怡土城跡(戦国時代には糸島の国人原田氏の重要な軍事拠点となった高祖城として再度利用)、高祖山山頂付近には中世の山城である高祖城跡があります。歴史と自然に触れながら、山を楽しむことができます。

糸島観光サイト「つなぐいとしま」から引用

高祖山の西斜面一体には奈良時代の山城があり、山頂からは糸島ができそうな場所です。

メモ③「女原」なんと読む?

福岡市博物館ブログの記事を確認したところ、「みょうばる」と読むようです。

「女原」があるということは、「男原」はあるのかと調べてみたら、「男原」は見当たりませんでした。

気になったのは「ばる」という音です。

私が住んでいる旧・豊前エリアには「唐原(とうばる)」という地名があり、広島にも「段原(だんばる)」という地名がありました。

調べてみると、「太宰府魅力発見塾」の記事で「韓国では『原』をパル、ボルと読み、村や集落を意味していて、このパル、ボルからきているだろうといわれています」と説明がありました。

渡来人が多く住んでいたエリアということなのでしょうか。

福岡市西区徳永 女原 若八幡宮の場所

〒819-0165 〒819-0375 福岡県福岡市西区徳永

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この記事を書いた人

2021年に豊前市へ移住。フォトライターとして、主に福岡県の豊前市・上毛町・吉富町・築上町・みやこ町・行橋市・苅田町、および大分県の中津市・宇佐市・豊後高田市・国東市といった旧・豊の国エリアを活動範囲としています。
カメラを持ってフラッと6時間のカメラ旅に出かけ、このエリアの史跡、神楽、祭りなどを記録し、「日常を離れた歴史の世界」の魅力を発信するほか、古民家図書館を運営。

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当サイトの記事の考察は、史書に基づかない推察を含みます。あくまで一つの仮説としてお楽しみください。

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