宇佐神宮と違う向きの三つ巴紋「右三つ巴紋」を国東半島の北端で見つけて以来、なぜ向きが違う三つ巴紋があるのかと調べています。


今回は現地を訪れた記録ではありません。
公開されている画像を確認していたところ、右三つ巴紋らしき意匠が見えたため、記録として残しておきます。
糸島市二丈鹿家 鹿家白山神社のGoogleMapの画像で右三つ巴紋を確認
糸島市の「鹿家白山神社」でも右三つ巴紋が見つかりました。
福岡県神社誌参考
参考:福岡県神社誌
この神社は、明治12年(1879年)6月に許可を得て、当時の吉井村の村社であった「白山神社」をこの場所へ分かち移したのが始まりだといわれています。
その後、明治42年(1909年)9月14日には、それまで村内の各地で祀られていた「無格社(むかくしゃ)」が、この神社に一斉に合祀(合併)されることになりました。
その際にまとめられた神々と、もともと鎮座していた場所は以下の通りです。
- 字本窪(ほんくぼ): 愛宕宮(祭神:火産霊命、伊弉冊命)
- 字横波(よこなみ): 大山祇神社(祭神:大山津見命)
- 字大工川(だいくがわ): 天満宮(祭神:菅原神)
- 字田中前(たなかまえ): 天神社(祭神:埴安神)
- 字熊(くま): 天満宮(祭神:菅原神)
このように、かつては村の各集落に点在していた神様たちが、明治後期の神社統合の時期に、一つの場所に集められたという経緯があったようです。
メモ① 浮嶽神社との秋祭り
福岡県神社誌で伝えられている秋祭りは、浮嶽神社やこのエリアの白山神社と合同で行われている神幸祭のようです。


浮嶽神社も右三つ巴紋が刻まれた神社です。

二丈の福吉校区では12日、白山神社(福井)、浮嶽神社(吉井上)、白山宮神社(吉井下)、白山宮神社(鹿家)の4社で神幸祭が行われた。このうち、白山神社では、福井・大入・佐波の3行政区から行列装束に身を包んだ若者ら約50人が参加。はさみ箱や羽熊(はぐま)を持ち、大名行列を模した一行が、お神輿を先導するように進んだ。黄金色の稲穂が揺れる田園のあぜ道に威勢のいいかけ声が響き、福井浜の御仮屋(御旅所)に向かった。
糸島新聞社ウェブサイトから引用
メモ② 山全てが御神体である浮嶽の「浮嶽神社」と合同で祭りを行う神社
この神社含め四社合同で行われる神幸祭。
四社とは、白山神社(福井)、浮嶽神社(吉井上)、白山宮神社(吉井下)、白山宮神社(鹿家)ですが、いずれも「右三つ巴紋」が確認できました。



鹿家白山神社の場所
〒819-1642 福岡県糸島市二丈鹿家1077
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