神社を訪ねると、鳥居があり、参道があり、拝殿や本殿があります。
私たちは、そうした建物がある風景を、神社の当たり前の姿として見ています。
けれども、神社は最初から現在のような建物を備えていたわけではありません。
そもそも、神社はどのように生まれたのでしょうか。
自然の中に神を祀る
神社本庁の解説によると、古くから日本の人々は、山や岩、木、滝などの自然の中に神の存在を感じ、祭りを行ってきました。
そうした祭祀の場所に、やがて建物が設けられ、神社の形が整っていったと説明されています。
神を迎えるための木を立てる神籬(ひもろぎ)。
神が降り立つ場所として祀られた岩、磐座(いわくら)。
山そのものを神の鎮まる場所として仰ぐ神奈備(かんなび)。
こうした言葉からは、現在のような社殿がなくても、神を祀る場所が成立していたことがうかがえます。
奈良県の大神神社は、その姿を今に伝える神社のひとつです。
三輪山そのものを御神体として仰ぎ、本殿を設けず、拝殿から山を拝みます。
神社というと、建物の中に神様が祀られているという印象がありますが、必ずしもそうではありません。
山や岩など、そこにある自然そのものを神聖な場所として祀ってきた形も残っています。
古墳と神社
神社の境内を歩いていると、古墳に出会うことがあります。

私自身、以前は神社の境内に古墳があることを珍しく感じていました。
けれども、調べてみると、古墳と神社が同じ場所に残っている例は各地にあります。
兵庫県芦屋市の芦屋神社境内古墳は、6世紀末から7世紀初頭に造られた円墳です。
芦屋市の文化財解説によると、現在は弁天岩で祀られていた水神の社(御祭神は菊理姫命)となっています。
また、岐阜県各務原市の二ノ宮神社古墳は、6世紀後半の大型円墳で、墳丘がそのまま神社の境内になっています。
福岡県福津市の宮地嶽神社の奥宮三番社「不動神社」は日本一の横穴式古墳の中の奥に不動様が鎮座しています。
古墳は、古代の人々が亡くなった人を葬った場所です。
そこが後の時代に神社の境内となり、信仰の場として受け継がれている例があるのです。
ただし、古墳があるからといって、すべての神社が古墳から生まれたというわけではありません。
古墳が後世に神社の境内として利用された場合もあれば、古墳時代の祭祀の場所と、後の神社の祭祀が同じ場所に重なっている場合もあります。
その土地で何が行われてきたのかを、個別に見ていく必要があります。
祭祀の場所が神社へ
京都府京丹後市の大宮売神社では、境内から古墳時代の祭祀遺物が見つかっています。
この遺跡については、古墳時代の祭祀の場から神社へとつながる過程を考える研究も行われています。
神社の創建年代が明らかでない場合でも、境内から出土した遺物や遺跡を調べることで、その土地で古くから祭祀が行われていた可能性を考えることができます。
神社の由緒に記された創建年だけでは見えてこない、土地の古い歴史が残っていることもあるのです。
神社の形はひとつではない
自然の山や岩を祀る場所。
古墳や古代の祭祀遺跡と重なる場所。
氏族が祖神を祀ってきた場所。
別の土地から神を迎え、社殿を建てた場所。
現在、私たちが訪ねる神社には、さまざまな成り立ちがあります。
鳥居や拝殿、本殿といった建物だけを見ていては、気づかないこともあるかもしれません。
境内に古墳はないか。
大きな岩や、注連縄を巻いた木はないか。
背後に山があり、その山自体が御神体とされていないか。
そうしたものに目を向けてみると、神社の見え方も変わってきます。
神社は、単に神様を祀るための建物ではありません。
その土地で人々が何を神聖なものとしてきたのか、どのような祭祀を行ってきたのか。
長い時間の中で積み重なってきたものが、今の神社の姿に残っているのだと思います。
参考記事
1. 神社本庁「神道とは」
神道とは|神社本庁
自然の中に神を感じ、祭祀の場所に建物が設けられていったという基本的な説明。
2. 神社本庁「神社について」
神社について|神社本庁
神社と自然物への信仰について。
3. 芦屋市「芦屋神社境内古墳」
芦屋神社境内古墳|芦屋市
古墳と水神の社が同じ場所に残る事例。
4. 各務原市「二ノ宮神社古墳」
二ノ宮神社古墳|各務原市
古墳の墳丘が神社境内になっている事例。
5. 菱田哲郎「古墳時代の祭祀遺跡から神社へ―大宮売神社境内遺跡の意義―」
論文PDF|京都府立大学学術機関リポジトリ
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