【福岡県田川郡】英彦山 高住神社 2020年3月 撮影記録

英彦山 高住神社 2020年3月 撮影記録
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撮りためたGoogleフォトを眺めて、まだ記事化していなかった写真をアップしています。

2020年3月に訪れていたのは、今や神秘的なインスタスポットとしても知られる英彦山の高住神社です。

高住神社は、豊前豊後の開拓神である豊日別命(とよひわけのみこと)を祀る神社です。

古くから農業や牛馬安全、病気平癒の神として崇められており、境内には江戸時代に奉納された石鳥居や青銅の神牛が今も残されています。

英彦山信仰の一角を担うこの地は、日本八大天狗の一人「豊前坊天狗(ぶぜんぼうてんぐ)」が祀られていることでも知られています。

目次

英彦山 高住神社 2020年3月 撮影記録

2019年といえば、移住する1年前です。

この頃は住んでいた北九州を中心に色々な史跡に行っていたようです。

英彦山 高住神社 2020年3月

北九州市から一般道で。

英彦山のほうに行ってみようと思った時、まず行ってみたいと思った神社が高住神社です。

英彦山 高住神社 2020年3月

この時代を感じる鳥居、苔むした石段を、リアルで見てみたかったからかもしれません。

英彦山 高住神社 2020年3月

今川の水源地なんですよね。

英彦山 高住神社 2020年3月

そこかしこに「水」を感じる場所です。

英彦山 高住神社 2020年3月

御神木の天狗杉。

英彦山 高住神社 2020年3月

社殿の奥には岩山が見えます。

英彦山 高住神社 2020年3月

たしかこの時、神社の女性の方に案内いただき、こちらまで回り込んできました。

英彦山 高住神社 2020年3月

岩窟にめり込むように建てられている本殿。

「すごいでしょう?修繕が大変なんですよ」と教えていただきました。

英彦山 高住神社 2020年3月

社殿が食い込む岩山の頂上付近に天狗の顔に見える岩。

「天狗岩」です。

岩山がこの神社の御神体で、そして天狗と思しき顔。

この時撮った写真が一番天狗の顔のようでした。

英彦山 高住神社 2020年3月

社殿前の狛犬も苔むしていました。

英彦山 高住神社 2020年3月
英彦山 高住神社 2020年3月

ふさふさの苔。

英彦山 高住神社 2020年3月

地元の方たちはこの神社のことを「高住神社」ではなく「豊前坊」と呼んでいるそうです。

英彦山 高住神社 2020年3月

神社の工事の時に、地中から見つかったという鳥居。

2026年の気付き

移住前から定期的に足を運ぶ、英彦山の高住神社。

豊前エリアの歴史を追うほど、英彦山ともつながりを感じています。

高住神社公式ホームページを改めて読み返し

豊日別命…豊前豊後の住民の守護神(豊日別国魂神とよひわけのくにたまのかみ)

伊邪那伎命・伊邪那美命二柱の生み給いし一四の島の一つ、「筑紫の島(九州)は、身一つにして面四つあり、面ごとに名あり。筑紫の国(白日別)・豊の国(豊日別)・肥の国(建日向日豊久士比泥別)・熊曽の国(建日別)という。

豊日別神は豊の国=豊前豊後の御魂として守り給う神なり。

天照大神…日の神

伊邪那伎命が橘の小門にて御禊され、左目を洗いますときになりませる神。天に坐して八紘に照り渡り給う意の御名なり。皇室の御祖神として伊勢神宮に祀られる。

天火明命…稲穂(農耕)の神(天照国照彦火明之命あまてるくにてるひこひあかりのみこと)

天忍穂耳之命と萬幡豊秋津師比賣命との間に生まれし神。邇邇藝命の兄神で、御名は稲穂の尊称であり、穂赤熟を意味しておられる。

火須勢理命…鎮火(火伏)の神(火燗之命ほのすすみのみこと)

邇邇藝命と木花之佐久夜比賣(阿多津比賣)との間に生まれし神。兄神は火照命(海幸彦)で、弟は火遠理命=穂穂出見命(山幸彦)なり。

少名毘古那命…禁厭きんよう(祈祷)医薬の神

神産巣日神の御子。御手の俣より漏れ落ちて、この中津国に降り、朝鮮の国土を治め給い、帰られて大国主命と兄弟の誓いをなし、我が国土を造り固め、禁厭医薬の道を講じて国民を救い、のち再び去りて常世国(外国)に渡り給う。

高住神社公式ホームページから引用

「天火明命」の御祭神名があったことも。

天火明命 は、古代、熊野の地を治めた熊野国造家の祖神ともいわれています。

国東半島と熊野、国東半島〜宇佐神宮〜英彦山ラインでもつながる「熊野」とリンクしました。

高住神社 の場所

〒824-0721 福岡県田川郡添田町英彦山27

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この記事を書いた人

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豊のくにあと運営者。
福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。

2021年に移住。フォトライターとして取材を重ねる傍ら、ひとりでこのメディアを立ち上げ、ZINEの制作・販売まで行っています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も。どちらも自分の「媒体」として、このエリアの魅力を発信し続けています。

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