「秋満土佐守藤原外記」を調べていたら、植野神楽にたどり着いた

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中津市の今津恵比須神社について調べていたとき、由緒書きに書かれていた名前が気になりました。

初代神主、

秋満土佐守藤原外記(あきみつとさのかみふじわらのげき)

という人物です。

今津恵比須神社御由緒
海浜を去る数十丁の海面に御神光あり 毎夜其の処を 去らず 某漁夫網を投じて霊石を得て帰る
其の夜 初代神主秋満土佐守藤原外記と某漁夫に霊夢 ありて恵比須神なることを知り元亀三年(一五七二年) 上町祇園社の地に社殿を造立すると縁起にある
文政二年三月(一八一九年) 社殿が火災に遭い 神主 秋満土佐守藤原氏房が御神霊を抱いて逃れる
火災から逃れた氏房が御神霊を抱き波打ち際に茫然自失して立っていた地に社殿を建てて祀る
其の地は明治末期ごろ 九月大潮の時潮につかり 着物の裾をまくって歩いたこともあったと云われ神殿は石垣をめぐらし高く築き立ててある
文化七年(一八〇四年)神幸式の始まりで大名行列もあったが廃絶に帰した
古来 十二月九日十日に神幸式が行われていたが年によっては猛降雪を踏み散らして渡御していたと云われ現在の十月に改め執行されている
神幸式の途次元宮と称して上町祇園社に神輿が立ち寄り コバネ(魚名)神酒を奉る古例を残す
平成二十一年(二〇〇九年)十二月吉日
特別奉賛者御芳名
壱全五拾萬圓 北村 芳太郎
壱金五拾萬圓 黒瀬 司
壱金五拾萬圓 川合 大作
壱金五拾萬圓 北村 冨一
壱金五拾萬圓 栗林 信行

今津恵比須神社の由緒によると、元亀三年(1572年)、海から引き上げられた霊石を恵比須神として祀る際、この秋満土佐守藤原外記が初代神主を務めたといいます。

こういう、ひとつの名前が残っていると、つい調べてみたくなります。

そこで「秋満土佐守藤原外記」という名前を検索してみました。

すると、思いがけないところで、同じ名前を見つけました。

目次

植野神楽にも残っていた名前

中津市植野の若籏神社の社家・秋満家に伝わったとされる、植野神楽。

雲八幡宮の公式Instagramには、植野神楽について次のように紹介されています。

植野神楽は、元亀元年(1570)、土佐守 藤原外記により、大分県中津市植野・若籏神社の社家秋満家に伝えられた伊勢神楽を源流とした神楽です。

ここで目に入ったのが、

「元亀元年(1570)」と「土佐守 藤原外記」

という名前と年です。

今津恵比須神社の由緒に登場する人物と、同じ名前です。

しかも年代は、元亀元年(1570年)と元亀三年(1572年)。

わずか2年違いです。

神社の由緒から、神楽へ

今津恵比須神社の由緒を読んでいなければ、私は「土佐守 藤原外記」という名前を調べることもありませんでした。

最初は、神社の初代神主として残っているひとりの人物の名前でした。

ところが、その名前を検索してみると、植野神楽の由来にも登場してきた。

神社の由緒から、今度は神楽の記録へ。

ひとつの名前を追っただけなのに、別の場所に残る記録が見えてきました。

どこまで同じ人物なのか

ここは、少し慎重にしておきたいところです。

今津恵比須神社の由緒には、

元亀三年(1572年) 秋満土佐守藤原外記

とあります。

一方、雲八幡宮の公式Instagramには、

元亀元年(1570年) 土佐守 藤原外記

とあります。

名前が一致し、年代も近い。

けれど、今回見つけた記録だけで、両方が同一人物であることや、その人物がどのような経緯で伊勢神楽を伝えたのかまでは分かりません。

ただ、同じ中津の地に残る二つの記録に、「土佐守 藤原外記」という名前が出てくることは確かです。

名前を追うと、別のものが見えてくる

豊前を歩いていると、神社の由緒や古い記録に残る名前が、思いがけないところで再び現れることがあります。

今回も、最初は今津恵比須神社に残っていた、ひとりの神主の名前でした。

その名前を調べてみたら、植野神楽という、別の記録にたどり着きました。

1570年と1572年。

この二つの記録の間に何があったのか。

今のところ、私にはまだ分かりません。

でも、こういう名前の重なりを見ると、もう少し調べてみたくなります。

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豊のくにあと運営者。
福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
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