【大分県豊後高田市】田染元宮八幡社の鳥居、その先に見えた山

田染元宮八幡神社の鳥居、その先に見えた山
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元宮八幡社を訪ねたとき、気になったのは社殿の三つ巴紋だけではありませんでした。

神社の入口付近、道路を挟んだ先に、小さな鳥居があります。

田染元宮八幡神社の鳥居、その先に見えた山
田染元宮八幡神社の鳥居、その先に見えた山

さらに、そこから50メートル以上離れた場所にも、大きな鳥居が立っていました。

田染元宮八幡神社の鳥居、その先に見えた山

三つの鳥居は、元宮八幡社に向かって一直線に並んでいます。

大きな鳥居まで行ってみると、その向こうには神社があり、さらにその先には特徴的な山が見えました。

田染元宮八幡神社の鳥居、その先に見えた山

鳥居から神社へ、そして山へ。

その景色が気になり、写真に残しました。

もうひとつ気づいたことがあります。

大きな鳥居の扁額には、文字が刻まれていませんでした。

田染元宮八幡神社の鳥居、その先に見えた山

柱を見てみると、「文政十三年」の年号が刻まれていました。

田染元宮八幡神社の鳥居、その先に見えた山

文政13年は、西暦1830年。

なぜ、ここに鳥居があるのでしょうか。
そして、この鳥居の先に見える山は、どのような山なのでしょうか。

今のところ、答えは分かりません。

まずは、現地で見た鳥居の配置と、その先に見えた景色を記録しておこうと思います。

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元宮八幡社のアクセス

〒879-0852 大分県豊後高田市田染真中

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