瀬織津姫を祭る神社のリストを、少しずつ更新しています。

全国の神社を調べ、祭神や社名、由緒を確認していく。
その作業を続けるうちに、以前は見えていなかった傾向が、少しずつ浮かび上がってきました。
気になっているのは、海に関わる神々です。
事代主、蛭子、市杵嶋姫、安曇磯良、大物主、大山積神。
それぞれ異なる神として伝えられていますが、各地の神社を調べていると、海や水、航海に関わる神々が、さまざまな形で現れます。
そのなかで、改めて気になり始めたのが出雲という存在でした。
恵比寿様には、異なる由来がある
恵比寿様として祀られる神には、蛭子神と事代主神という、異なる由来があります。
蛭子神は、『古事記』の国生みの神話に登場する神。
事代主神は、大国主神の子として、国譲りの神話に登場します。
後世の恵比寿信仰では、この二柱がそれぞれ恵比寿神と結びついてきました。
同じ恵比寿様という名で祀られていても、その背景にある神話は異なります。
この違いは、各地の恵比寿信仰を調べるうえで、気になる点の一つです。
私は、蛭子神と事代主神に関わる信仰が、海に関わる異なる集団や地域の信仰と、どのように結びついてきたのかを考えています。
ただし、両者をそれぞれ安曇系、出雲系の神と分類できるかどうかは、まだ分かりません。
まずは、祭神や由緒の違いを記録していく必要があります。
宗像と出雲
市杵嶋姫をはじめとする宗像三女神も、今回の調査で気になっている神々です。
宗像三女神と出雲には、神話上の接点があります。
多紀理毘売命は大国主神と結ばれた神として記され、宗像の神々と出雲の神々は、記紀神話のなかでも関係を持っています。
また、宗像・沖ノ島に関する研究では、古代の宗像氏と出雲氏の関係についても論じられています。
もちろん、神話に描かれた関係が、そのまま歴史上の人々の移動や政治的なつながりを示すとは限りません。
それでも、宗像と出雲を完全に切り離して考えることはできないようです。
宇佐神宮を考えるとき
宇佐神宮の比売大神は、現在、宗像三女神として祀られています。
一方で、比売大神の信仰がどのように成立し、どのような変遷をたどったのかについては、さらに調べる余地があります。
私は、宇佐神宮の祭神を調べるなかで、宗像の神々だけでなく、安曇磯良をはじめとする海人系の神々との関係も気になっています。
そして、そこに出雲という視点を加える必要があるのではないかと考えています。
ただし、宇佐神宮の元の祭神が宗像や安曇に関わる神々だったと、現段階で断定することはできません。
ここは、祭神の記録や古い文献、周辺の神社の由緒を照らし合わせながら、確かめていきたいところです。
出雲は、どこに現れるのか
出雲大社は、かつて杵築大社と呼ばれていました。
また、中世にはスサノオを主祭神とする考え方も広く見られました。
出雲の神社信仰も、現在知られている姿だけで捉えられるものではありません。
各地の神社を調べていると、出雲との関係を最初から想定していなかった場所にも、気になる名称や祭神、勧請の記録が見つかります。
大分市永興の杵築社は江戸時代寛永年間(1624)に、杵築大社(現在の出雲大社)の分霊を勧請したと伝わっています。
中津市の島田神社は、昭和30年ごろに出雲大社から勧請されたと伝えられています。
大分県大分県玖珠郡玖珠町にある亀都起(きつき)社は、養老2年(718)に出雲国の杵築神社(現在の出雲大社)から神速素佐之男命と稲田姫之命を勧請したという情報があります。
こうした神社の存在も、地域の神々を調べるなかで見つかったものです。
「杵築」という名称だけで出雲との関係を判断することはできません。
また、出雲から勧請されたという記録があっても、それだけで古代からのつながりがあったとは言えません。
それでも、各地の神社の記録を並べていくと、出雲という存在を含めて考えなければ、見えてこないものがあるのではないかと思うようになりました。
まだ、仮説の段階
出雲、宗像、安曇。
この三つを、ひとつの系譜として結びつけられるかどうかは、まだ分かりません。
海に関わる神々が、どのような地域で祀られ、どのような由緒を持ち、どのように各地へ広がっていったのか。
それを考えるためには、神社の祭神や名称だけでなく、勧請の時期、古い記録、地域に残る伝承などを、一つずつ確認していく必要があります。
以前、大元出版の本で読んだ出雲に関する伝承を、豊のくにあとで紹介したことがありました。
しかし、書籍に記された伝承だけでは、歴史的な事実として紹介するには根拠が足りないと考え、記事を取り下げました。
今、改めて出雲という存在が気になっているのは、その本の記述に戻ったからではありません。
瀬織津姫の神社を調べ、各地の神々の痕跡を拾い集めていくうちに、別のところから浮かび上がってきた問いです。
まだ、結論はありません。
ただ、海に関わる神々を調べるとき、出雲という視点を外すことはできないのではないか。
今は、その気づきを記録しておこうと思います。
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