【古代の海人族・安曇族】豊のくにあと記事一覧:すべての関連記事と連載記事まとめ

【古代の海洋民・安曇族】豊のくにあと記事一覧:すべての関連記事と連載記事まとめ
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「豊のくにあと」をご覧いただきありがとうございます。

このページは、古代日本で活躍した海人族・安曇族について調べた記事をまとめて掲載しています。

目次

安曇族とは

安曇族(あづみぞく)とは、古代日本を代表する有力な海人(あま)族で、海神(わたつみ)を信仰し、北九州の志賀島を本拠地として優れた航海技術と交易で栄え、その後、全国に広がり、大和朝廷にも仕え、安曇野など各地に「アツミ」「アズミ」の地名を残した氏族です。

安曇関連の記事一覧

筑後国一の宮、高良大社に伝わる「高良玉垂宮神秘書」で志賀海神社の神(志賀)、鹿島神宮の神(鹿島)、春日大社の神(春日)が、実は安曇磯良と「一躯分身(一つの体が分かれたもの)」であり、名前が異なるだけの同一存在であると説かれていた↓

国東半島の古社の元・宮司さんが書いた本と偶然出会う↓

逆立ちする狛犬が、あるエリアに多い理由とは?↓

貴船神社の御祭神に隠されているのは安曇磯良?↓

英彦山に行った時、安曇族の情報を耳にする↓

安曇族が磐井葛子と共に信濃へ↓

宇佐市の伊呂波川沿いの貴船神社に右三つ巴紋を発見↓

大分県臼杵市の中央構造線上にある神社に残された「石人」は磐井と安曇族をつなぐ鍵か↓

安曇族と他の謎をつなげる右三つ巴紋

これまで調べてきた安曇族、貴船神社、磐井、丹の謎は、一見バラバラに見えました。

しかし、国東半島の北端で見つけた右三つ巴紋という共通のマークが、それらすべてを繋ぎ、ある一つのストーリーが形成されていたのではないかと思っています。

その旅の記録を、当サイトの連載で公開しています。

深く読みたい方は

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この記事を書いた人

ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

豊のくにあと運営者。
福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。

2021年に移住。フォトライターとして取材を重ねる傍ら、ひとりでこのメディアを立ち上げ、ZINEの制作・販売まで行っています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も。どちらも自分の「媒体」として、このエリアの魅力を発信し続けています。

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