入津原丸山古墳の読み方は「にゅうつばるまるやまこふん」。「にゅう」=「丹生」だった可能性について考えた

no image 豊のくにあと
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Xでも、歴史の謎について引っかかった言葉を投稿し始めた。

今日は、豊後高田市の入津原丸山古墳の写真を四枚アップした。

この時、入津原丸山古墳の読み方を確認しようと検索したら「丹生」という言葉も引っかかった。

それで「あぁ」っと思った。

何故こんなに「入津原(にゅうつばる)」と読みにくい名前なのだろうと、ずっと不思議に思っていた。

古墳がある地名は「豊後高田市新栄」なのに。

それが「丹生」という言葉が出てきて、「もしかして、そうなのかも…?」と思った。

やはりこのエリアは、古代の「丹」を扱い、海と関わる一族が強い影響を与えた土地だったのかもしれないと。

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ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。
2021年に移住。フォトライターとして取材・インタビューを重ねる傍ら、このメディアを運営し、ZINEを制作・販売しています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も両方を媒体にして、このエリアのことを記録しています。

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