弁才天といえば、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)と同一視された神様として知られています。
厳島神社に祀られる市杵島姫命と、仏教の弁才天。
現在では、この二柱を結びつけて考えることは珍しくありません。
しかし、日本の神仏習合の歴史をたどってみると、弁才天と結びつけられたのは、市杵島姫命だけではありませんでした。
宇賀神、大黒天、毘沙門天、さらには釈迦如来や阿弥陀如来など、さまざまな神仏が弁才天と関係づけられています。
地域によっては瀬織津姫とも同一視されたことがあるようです。
なぜ、一つの神仏にこれほど多くの存在が結びついていったのでしょうか。
今回は、弁才天をめぐる神仏習合について見ていきます。
弁才天とは、もともとどのような神様なのか
弁才天は、インドの女神サラスヴァティーに由来する仏教の尊格です。
サラスヴァティーは、もともと川や水に関わる女神でした。
その後、言葉や音楽、知恵、学問などとも結びつき、仏教に取り入れられてからは、弁才天として信仰されるようになります。
日本では、音楽や芸能、学問、財福など、さまざまなご利益を持つ神仏として広く信仰されてきました。
弁才天の「才」は才能や弁舌を意味しますが、財宝をもたらす神としての性格が強まると、「弁財天」と表記されることも多くなります。
現在、七福神の一柱として知られる弁財天も、その信仰の広がりの中にあります。
市杵島姫命と弁才天
弁才天と日本の神様との関係で、よく知られているのが市杵島姫命です。
市杵島姫命は、宗像三女神の一柱。
田心姫命、湍津姫命とともに、海や航海に関わる神として信仰されてきました。
その市杵島姫命が、弁才天と同一視されるようになります。
特に厳島神社では、市杵島姫命と弁才天の習合がよく知られています。
海や水に関わる神と、もともと川の女神に由来する弁才天。
水との関わりという共通点も、両者が結びつく背景の一つとして考えられます。
ただし、神仏習合は、名前や性格が似ている神仏を単純に同じものとしたわけではありません。
その土地の信仰や寺院の教え、縁起などを通じて、神と仏の関係が説明されていきました。
市杵島姫命と弁才天の関係も、そうした長い信仰の展開の中で形づくられたものです。
宇賀神と一体になった宇賀弁才天
市杵島姫命以外で、弁才天と深く結びついた神様に宇賀神(うがじん)がいます。
宇賀神は、蛇の身体に老人の頭を持つ姿などで表される神です。
穀物や食物、豊穣、福徳などと関わる神として信仰されてきました。
この宇賀神が弁才天と結びつき、宇賀弁才天、あるいは宇賀弁天と呼ばれる存在が生まれます。
宇賀弁才天の像では、弁才天の頭上に宇賀神が載る姿がよく見られます。
弁才天の姿に、蛇の身体を持つ宇賀神が組み合わされているのです。
この信仰は、中世の天台宗、とくに比叡山の教義や信仰の展開とも関わっていました。
宇賀神は、弁才天と一緒に祀られるだけでなく、独立した神として信仰されることもありました。
弁才天と宇賀神が結びついたことで、音楽や言葉の神としての性格に、穀物や豊穣、財福といった性格が重なっていったと考えられます。
大黒天や毘沙門天も関係していた
宇賀弁才天の信仰をさらに見ていくと、大黒天や毘沙門天の名前も登場します。
大黒天は、食物や財福、五穀豊穣などと関わる仏教の尊格です。
毘沙門天は、武神・守護神として知られ、財宝を守る神としても信仰されてきました。
この二尊は、弁才天とともに福徳をもたらす神仏として組み合わされることがありました。
中世の信仰や図像には、弁才天、大黒天、毘沙門天を一組として表すものもあります。
ただし、三尊が一緒に描かれていることと、三者がすべて同じ神仏だとされたことは、同じではありません。
ある場合には一緒に祀られ、別の場合には同体説によって結びつけられる。
弁才天をめぐる信仰には、そうした複数の関係が存在していました。
釈迦如来や阿弥陀如来も
さらに興味深いのが、弁才天と仏との関係です。
江島神社に伝わる縁起を研究した論文では、弁才天の本来の姿、つまり本地仏として、釈迦如来や阿弥陀如来が挙げられていることが紹介されています。
また、中世の仏教説話や口伝を集めた『渓嵐拾葉集』には、弁才天とさまざまな仏・菩薩との関係が記されています。
ここでいう本地仏とは、神仏習合の考え方において、日本の神の本来の姿は仏であるとする本地垂迹の考え方に基づくものです。
ただし、弁才天の場合は、もともと仏教の天部に属する尊格です。
そのため、日本の神々が仏の姿を現したとする一般的な本地垂迹の説明とは、少し異なる関係も生まれています。
弁才天そのものが、別の仏や菩薩の姿として説明されることもあったのです。
こうした関係は、すべての弁才天に共通するものではありません。
江島の縁起、比叡山の教義、各地の寺社の信仰など、それぞれの場で異なる説明が生まれていました。
弁才天をめぐって重なった、さまざまな信仰
ここまで見てきたように、弁才天と結びつけられた存在には、さまざまなものがあります。
- 市杵島姫命:海や水に関わる神
- 宇賀神:穀物や豊穣、福徳に関わる神
- 大黒天:食物や財福に関わる尊格
- 毘沙門天:守護や財宝に関わる尊格
- 釈迦如来・阿弥陀如来:弁才天の本地仏として説明されることがある仏
こうして並べてみると、水、豊穣、財福、芸能、知恵など、弁才天に重ねられた性格が一つではなかったことが分かります。
ただし、これらの神仏がすべて同じ時代に、同じ場所で、同じ理由から結びついたわけではありません。
神仏習合の歴史の中で、寺院の教義や地域の信仰、神社や寺院に伝わる縁起などを通じて、少しずつ関係が形づくられていったのでしょう。
市杵島姫命と弁才天。
その関係を入口に調べてみると、弁才天の周囲には、思っていた以上に多くの神仏が存在していました。
一つの神仏が、時代や地域によって異なる姿や意味を持つ。
弁才天をめぐる信仰は、日本の神仏習合の重なりを考える手がかりの一つになりそうです。
参考資料
- 國學院大學デジタルミュージアム「Ugajin(宇賀神)」 — 宇賀神の由来と弁才天との習合について
- 田中亜美「文献と造像にみる弁才天と仏・菩薩・神との習合―江島縁起を起点に―」 — 江島縁起や『渓嵐拾葉集』に見られる弁才天と仏・神との関係
- Bernard Faure, “From Goddess to Dragon: Benzaiten” — 弁才天のインド起源と水・龍神との関係
- Bernard Faure, “From Dragon to Snake: Uga Benzaiten” — 宇賀神と弁才天の習合、宇賀弁才天の展開
- 田中亜美「The Role of Jugo-Dōji and Tokuzen-Daiō in the Origins of Benzaiten」 — 弁才天の眷属や縁起に関する研究
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