豊のくにあとで追ってきた「菊」の花は、蓮華紋だったのではないか。
その気付きは、みやこ町の豊前国分寺、その近くの豊津神社と、宇佐市の法鏡寺貴船神社で得ました。

神社の片隅に置かれた花が刻まれた瓦。

このような形の花を、沢山北部九州で見てきました。

豊前国分寺では、本でのさらに奥に、同じようにまとめて置かれた石祠がありました。

三宝荒神も、仏教の影響が色濃い神です。

蓮華紋について調べると、密教の代表的な世界観である「曼荼羅(マンダラ)」では、宇宙の中心、あるいは悟りの境地(大日如来など)の象徴として、中央に大きな蓮華(大悲胎蔵曼荼羅など)が描かれるそうです。
蓮華が示していたのは、宇宙の中心であり、大日如来でもある。

豊津神社の片隅に置かれた「大日如来」。
これまでこのサイトで追ってきたキーワードが合致することから、やはりヤマト政権に統合される前の九州エリアの統治者につながるのではないかと思うのです。
消される側にも理由があり、残したい側にも理由があったのではないかと。



