瀬織津姫を祀る神社を調べているなかで、和歌山県と佐賀県をつなぐ記録を見つけました。

和歌山県田辺市上秋津にある川上神社。
この神社の由来を記した「川上神社物語」に、分霊元とされる佐賀県の神社を訪ねた際の話が残されています。
佐賀の神社から分霊された川上神社
「川上神社物語」によると、戦国時代、河内国から移り住んだ野村久太夫好久が、氏神を祀るため、佐賀県佐賀郡川上村にあった河上神社から分霊を受けたのが、川上神社の始まりとされています。
現在、和歌山側の川上神社で祭神として記されているのは、瀬織津姫、速秋津日子、速秋津日女の三柱です。
ところが、昭和56年(1981年)、川上神社の総代たちが分霊元とされる佐賀県の河上神社(現・與止日女神社)を訪ねたところ、そこでは與止日女(よどひめ)という神様が祀られていたといいます。
帰郷後、あらためて川上神社に参拝した際、祭神名が異なっていることに気づいた、と記録されています。
なぜ、祭神名が異なっているのか
「川上神社物語」では、その理由についても考察しています。
川上神社は、これまで何度も大水害に遭い、移転を繰り返してきたといいます。
その過程で大切な書類を失い、明治初めに祭神名を届け出る際、神主が伝え聞いた名前を報告したのではないか、と推測しています。
ただし、これは地元に残された記録のなかで示された推測です。
分霊された当初、どのような神名が伝えられていたのか。
また、いつ、どのような経緯で祭神名が異なるようになったのか。現時点では分かりません。
水に関わる神々
佐賀県の河上神社は、現在の與止日女神社にあたります。
與止日女神社では、與止日女神が祀られています。
今回見つけた記録では、和歌山側の川上神社には瀬織津姫、速秋津日子、速秋津日女の三柱が祀られ、佐賀側では與止日女神が祀られていました。
異なる神名が伝えられていることに加え、和歌山側では、その違いに気づいた人々が記録を残していたことも印象に残りました。
瀬織津姫を祀る神社を調べていると、別の神社とのつながりや、祭神名の違いに出会うことがあります。
今回の記録も、そのひとつです。
瀬織津姫と與止日女神の関係について、ここから何かを断定することはできません。
まずは、和歌山と佐賀の神社をつなぐ記録として、ここに残しておきます。
今後、ほかの地域でも同じような事例が見つかるのか。引き続き、調べていきたいと思います。
関連記事



