竹神社の「竹」と、多気という地名

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三重県多気郡明和町にある竹神社。

御祭神を調べているなかで、もう一つ、知らなかったことがありました。

それは、神社の名前にある「竹」と、古い郡名の「多気(たけ)」との関係です。

現在、三重県には多気郡という地名があります。

「多気」は、現在は「たき」と読むことが多い地名ですが、古い郡名としては「たけ」と読まれていました。

竹神社の名前にある「竹」も、この古い地名と関わりがあるとされています。

目次

竹神社と竹氏

三重県神社庁の由緒によると、竹神社は、第11代垂仁天皇の御代、竹連(たけのむらじ)という氏族の祖にあたる宇加之日子と、その子の吉日古に関わる神社として伝えられています。

倭姫命が天照大神を奉じて伊勢を巡行した際、吉日古がその一行に従ってこの地に留まり、竹氏の子孫が祖神を祀ったのが始まりとされています。

また、竹神社は、かつて現在地より西の竹川にありましたが、明治44年(1911年)に周辺の神社を合祀し、現在の場所に移されました。

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