武内宿禰を主祭神として祀る神社。各地に残る武内宿禰の信仰

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武内宿禰(たけのうちのすくね)といえば、神功皇后に仕えた忠臣として知られる人物です。

『古事記』や『日本書紀』にも登場し、景行天皇から仁徳天皇まで、五代の天皇に仕えたと伝えられています。

神功皇后や応神天皇とともに語られることも多く、八幡信仰との関わりも深い人物です。

一方で、武内宿禰そのものを主祭神として祀る神社となると、すぐに思い浮かぶでしょうか。

私がこのことに気づいたのは、瀬織津姫を祀る神社のリストを整理していたときでした。

佐賀県武雄市の武雄神社が、武内宿禰を主祭神として祀っていることを知ったのです。

武内宿禰を祀る神社は各地にありますが、主祭神として祀るところ、複数の祭神の一柱として祀るところ、境内社に祀るところなど、その形はさまざまです。

今回は、武内宿禰を主祭神とする神社を中心に、各地に残る信仰を見ていきます。

目次

武内宿禰を主祭神として祀る神社

宇倍神社(鳥取県鳥取市)

鳥取市に鎮座する宇倍神社は、因幡国の一宮です。

御祭神は武内宿禰命。

武内宿禰を主祭神として祀る神社として、よく知られています。

宇倍神社の由緒によれば、大化4年(648年)の創建と伝えられ、延喜式神名帳にも記載された名神大社です。

また、明治32年(1899年)には、御祭神である武内宿禰の肖像とともに、社殿が五円紙幣の図柄に採用されました。全国の神社として初めて紙幣の図柄になったと、同社は紹介しています。

武内宿禰は長寿の人物として伝えられており、宇倍神社では長寿や財宝、商売繁盛の神としても信仰されています。

武雄神社(佐賀県武雄市)

今回、私が最初に気づいた神社です。

武雄神社では、武内宿禰命、武雄心命、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇の五柱を祀っています。

この五柱を総称して「武雄大明神」と呼びます。

武雄神社の公式サイトでは、武内宿禰命を主祭神として明記しています。

つまり、武内宿禰だけを単独で祀っているわけではありませんが、五柱の中で主祭神として位置づけられている神社です。

武雄神社には平安時代から室町時代にかけての古文書が残されており、その一部は国の重要文化財に指定されています。

武内宿禰という人物が、武雄の地でどのように信仰されてきたのか。神社に残る記録も気になるところです。

主祭神ではない形で祀られる神社

武内宿禰は、主祭神としてだけでなく、複数の祭神の一柱や境内社の祭神としても祀られています。

氣比神宮(福井県敦賀市)

越前国一宮の氣比神宮では、武内宿禰命も御祭神の一柱です。

氣比神宮には七柱の神が祀られており、武内宿禰はそのうちの一柱として位置づけられています。

福井県神社庁の由緒によれば、かつては武内宿禰を西殿宮に奉斎し、「四社之宮」の一つとしていたといいます。

神功皇后や仲哀天皇、応神天皇などとともに祀られていることからも、武内宿禰がこれらの神々と深い関係を持つ存在として扱われてきたことがうかがえます。

香椎宮の武内神社(福岡県福岡市)

福岡市東区の香椎宮には、境内社として武内神社があります。

祭神は武内宿禰命です。

神功皇后との関係が深い香椎宮の境内に、武内宿禰を祀る神社があることも興味深い点です。

鶴岡八幡宮の武内社(神奈川県鎌倉市)

鶴岡八幡宮にも、本殿のすぐ西側に武内社があります。

祭神は武内宿禰命。

同宮の案内では、神功皇后や応神天皇との関係が深いことから、本殿の近くに祀られていると説明されています。

八幡神を祀る神社の中でも、武内宿禰が境内社として大切に祀られている例です。

高良玉垂命と武内宿禰

もう一つ、武内宿禰を考えるうえで気になる神社があります。

福岡県久留米市の高良大社です。

高良大社の主祭神は、高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)。

この高良玉垂命については、武内宿禰と同一人物とする説があります。

ただし、高良玉垂命の正体については諸説あり、武内宿禰と確定しているわけではありません。

そのため、高良大社を武内宿禰を主祭神とする神社に含めることはできませんが、武内宿禰をめぐる信仰を考えるうえでは、外せない存在です。

武内宿禰を祀る神社は、どのように分布しているのか

今回確認した神社を並べてみると、武内宿禰の祀られ方にはいくつかの形があることがわかります。

  • 武内宿禰を主祭神とする宇倍神社
  • 五柱のうち主祭神として祀る武雄神社
  • 複数の祭神の一柱として祀る氣比神宮
  • 境内社として祀る香椎宮や鶴岡八幡宮
  • 高良玉垂命との同一視が語られる高良大社

武内宿禰は、古代の天皇や神功皇后に仕えた人物として語られてきました。

そのため、神功皇后や応神天皇を祀る神社との関係が深く、八幡信仰の周辺にもその名が残っています。

一方で、宇倍神社や武雄神社のように、武内宿禰を主祭神として祀る神社もあります。

全国にどれほどの神社が武内宿禰を祀っているのか、正確な数を把握するのは簡単ではありません。

ただ、祭神の一覧を見ているだけでは気づきにくい形で、各地に武内宿禰の名が残っていることは確かです。

これからも神社を訪ねるなかで、武内宿禰の名がどのような場所に現れるのか、少しずつ見ていきたいと思います。

参考

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福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
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