宮島の厳島神社といえば、海に浮かぶ大鳥居と、宗像三女神を祀る神社として知られています。
けれども、境内にある客神社(まろうどじんじゃ)にも目を向けてみると、少し気になる神様が祀られていることに気づきます。
その名は、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)。
「熊野」と名前につく神様です。
紀伊半島の熊野を思い浮かべる人も多いかもしれません。なぜ、その神様が宮島の厳島神社に祀られているのでしょうか。
今回は、熊野久須毘命という神様と、厳島神社に残るカラスの伝承をたどってみます。
熊野久須毘命は、天照大御神と須佐之男命の誓約から生まれた神
熊野久須毘命は、『古事記』に登場する神様です。
天照大御神と須佐之男命が高天原で行った誓約(うけい)によって生まれた、五柱の男神のうちの一柱です。
誓約では、須佐之男命が天照大御神の身につけていた勾玉を受け取り、噛み砕いて息を吹き出すと、五柱の男神が生まれました。
熊野久須毘命は、その五番目にあたる神様です。
『日本書紀』には、熊野櫲樟日命(くまのくすびのみこと)など、異なる表記も見られます。
國學院大學の神名データベースによると、「熊野」の意味については、地名とする説、奥まった野を意味する「隈野」とする説、神饌に関係する言葉とする説などがあります。
「久須」は「奇し(くすし)」の語幹、「毘」は神霊を意味すると考える説もあります。
ただし、神名の由来については定説があるわけではありません。
厳島神社の客神社に祀られている
厳島神社の中心となる御祭神は、宗像三女神です。
市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の三柱が祀られています。
一方、境内にある客神社には、天照大御神と須佐之男命の誓約によって生まれた五柱の男神が祀られています。
その五柱とは、
- 天忍穂耳命
- 天穂日命
- 天津彦根命
- 活津彦根命
- 熊野久須毘命
です。
客神社は、厳島神社の祭典において最初に神職がお参りする社でもあります。
つまり、熊野久須毘命は、厳島神社の本社の御祭神ではなく、境内の客神社に祀られている神様なのです。
厳島神社の創建を導いたカラス
厳島神社には、創建にまつわるカラスの伝承が残っています。
社伝によると、推古天皇元年(593年)、佐伯鞍職(さえきのくらもと)によって厳島神社が創建されたと伝えられています。
その鎮座地を選ぶ際、鞍職は神様のお使いである神鴉(ごがらす)に導かれ、島の浦々を巡ったといいます。
そして、潮の満ち引きする現在の場所に社殿を建てたと伝えられています。
この神鴉にまつわる伝承は、現在も神事として残っています。
それが「御烏喰式(おとぐいしき)」です。
広島県神社庁の祭事紹介では、厳島神社の御烏喰式は、鎮座地選定の際に神鴉が先導した故事に由来する神事と説明されています。
神社の創建に関わったカラスが、長い時間を経た現在も祭りの中に登場する。
厳島神社とカラスの関係は、伝承だけでなく、今に続く祭祀の中にも見ることができます。
なぜ宮島に「熊野」の神様がいるのか
ここで、もう一度、熊野久須毘命という名前に目を向けてみます。
「熊野」と聞くと、和歌山県の熊野三山を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、熊野久須毘命の名前に含まれる「熊野」が、紀伊国の熊野を指すのかどうかは、はっきりしていません。
國學院大學の解説では、出雲国の熊野との関係を考える説も紹介されています。
出雲には、現在の松江市に熊野大社があります。『出雲国風土記』には熊野大神の名が記され、古くから信仰されてきた場所です。
熊野久須毘命と、熊野大社の祭神である櫛御気野命を同じ神格と考える説もあります。
一方で、神名や系譜が異なることから、別の神と見る考え方もあります。
また、紀伊国の熊野に関わる氏族の祖神とする説もあります。
このように、「熊野」という名前の由来には複数の考え方があり、宮島の厳島神社に祀られている理由を、名前だけから説明することはできません。
厳島神社に残る二つの手がかり
熊野久須毘命という神様。
そして、創建の伝承に登場する神鴉。
厳島神社には、こうした少し気になる要素が残っています。
熊野久須毘命は、天照大御神と須佐之男命の誓約によって生まれた神様であり、厳島神社では客神社に祀られています。
一方、神鴉は厳島神社の鎮座地を導いた存在として伝えられ、御烏喰式という神事にもその記憶が残っています。
この二つが直接結びつくという資料は、今回確認できていません。
けれども、神社に祀られる神様の名前を一つ調べてみると、そこから思いがけない伝承や祭りに出会うことがあります。
「熊野」という名前は、なぜ宮島にあるのか。
その疑問を持ったところから、厳島神社の別の姿が見えてきました。
参考資料
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