全国各地にある日吉神社、日枝神社、山王神社。
これらの神社の多くは、滋賀県大津市、比叡山の麓に鎮座する日吉大社を総本宮としています。
日吉神社の御祭神としてよく知られているのが、大山咋神(おおやまくいのかみ)です。
今回は、大山咋神と日吉神社、そして比叡山や天台宗との関わりについて見ていきます。
日吉神社の御祭神、大山咋神
大山咋神は、『古事記』に登場する神様です。
大年神の系譜に記されており、別名を山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)といいます。
『古事記』には、近江国の日枝山(現在の比叡山)と、葛野の松尾に鎮座する神として記されています。
日吉大社では、東本宮の御祭神が大山咋神です。
一方、西本宮には大己貴神(おおなむちのかみ)が祀られています。
このように、日吉大社は大山咋神だけを祀る神社ではありませんが、大山咋神は日吉・日枝・山王信仰を考えるうえで中心となる神様の一柱です。
比叡山の日吉大社と天台宗
日吉大社が天台宗と深い関わりを持つようになったのは、最澄が比叡山に延暦寺を開いたことが大きなきっかけです。
比叡山の麓に鎮座する日吉大社は、延暦寺の守護神、つまり仏法を守る神として崇敬されるようになりました。
この関係から、日吉の神々は「山王権現」とも呼ばれ、神と仏が一体となった山王信仰が広がっていきます。
日吉大社の公式サイトでも、全国の日吉・日枝神社は、日吉大社から分霊された神社であり、天台宗寺院の建立や荘園の守護神として祀られた例があると説明されています。
日吉神社を訪れたとき、神社の境内に仏教的な要素が残っていたり、近くに天台宗の寺院があったりするのは、こうした歴史と関係しているのかもしれません。
豊前市の日吉神社と求菩提山
大分県との県境に近い福岡県豊前市にも、日吉神社があります。
豊前市の文化財紹介によると、大河内に鎮座する日吉神社は、元禄13年(1700年)に本殿が再興された神社です。
その由緒について、市の解説には次のように記されています。
日吉神社の所在する大河内は、かつて求菩提山護国寺の寺領であったことから、同山の山王社を勧請したものと思われます。
つまり、この日吉神社は、求菩提山の山王社との関わりが考えられているのです。
さらに『福岡県神社誌』を確認すると、求菩提山の国玉神社の境内社として、
「日吉神社(中宮)」
という記載が残っています。
求菩提山は、古くから山岳信仰の場であり、平安時代後期には天台宗の僧・頼厳によって再興され、求菩提山護国寺を中心に修験道が栄えました。
山内には多くの坊が建ち並び、英彦山とともに北部九州の修験道の中心地となっていました。
その求菩提山に山王社があり、さらに山麓の大河内に日吉神社が祀られていた。
この記録を並べてみると、豊前市の日吉神社もまた、比叡山から広がった山王信仰と、求菩提山の天台宗・修験道の歴史の中で捉えられるように思います。
日吉神社から見えてくるもの
日吉神社の御祭神として知られる大山咋神。
その本拠地である比叡山の日吉大社は、最澄が開いた延暦寺と深く結びつき、山王信仰を全国に広げていきました。
豊前市の日吉神社にも、求菩提山との関わりを示す記録が残っています。
一つの神社を調べてみると、そこには御祭神だけでなく、山岳信仰や寺院、修験道の歴史も重なっていることが分かります。
日吉神社という名前の向こうに、比叡山から求菩提山へとつながる信仰の広がりを感じます。
参考
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