神社の御祭神を調べていると、酒造りの神として紹介される神に出会うことがあります。
京都の松尾大社に祀られる大山咋神(おおやまくいのかみ)も、その一柱です。
酒造りの神として知られる大山咋神ですが、古事記に登場する姿は、もともと山に関わる神です。
では、なぜ山の神が酒造りの神として信仰されるようになったのでしょうか。
また、酒に関わる神は大山咋神だけなのでしょうか。
今回は、酒造りに関わる神社や、神に酒を捧げる祭りを見ていきます。
山の神・大山咋神と松尾大社
京都市西京区に鎮座する松尾大社。
御祭神は、大山咋神と市杵島姫命です。
大山咋神は、古事記では大年神の子として登場します。別名を山末之大主神といい、近江国の日枝山(現在の比叡山)や、葛野の松尾に鎮座する神として記されています。
松尾大社の由緒によると、もともとは松尾山の山霊を、山頂近くの磐座に祀ったことが始まりとされています。
その後、五世紀頃に秦氏の集団がこの地域に来住し、松尾山の神を一族の氏神として仰ぎながら、地域の開拓に携わったと伝えられています。
秦氏は農業や土木、さまざまな産業に関わった氏族として知られています。酒造りもその一つでした。
松尾大社では、室町時代末期以降、酒造りの神として広く信仰されるようになったと説明されています。
現在も酒造関係者や杜氏などが醸造の安全を祈願するために参拝しています。
山の神として祀られてきた大山咋神が、酒造りを守る神としても信仰されてきたのです。
酒造り発祥の伝承が残る佐香神社
島根県出雲市小境町に鎮座する佐香神社。
松尾神社という別称でも知られています。
島根県神社庁の神社情報では、主祭神として久斯神(くすのかみ)と大山咋命が記されています。酒造の大神として紹介されている神社です。
この神社には、『出雲国風土記』に記された酒造りの伝承が残っています。
佐香の地に多くの神々が集まり、調理場を設けて酒を造らせ、長い間、酒宴を開いたという話です。
この伝承から、佐香神社は酒造り発祥の地として知られるようになりました。
また、佐香神社では、室町時代から続くとされる「濁酒祭」が行われています。
神社では特別に酒造りが認められており、宮司が酒を醸し、毎年10月13日の例祭で神前に供えます。
そのどぶろくは、参拝者にも振る舞われています。
酒を造る神々の伝承が残る土地で、今も酒を醸し、神に供える祭りが続いているのです。
国東半島に残る、白鬚田原神社のどぶろく祭り
大分県杵築市大田沓掛に鎮座する白鬚田原神社。
この神社は、毎年10月17日・18日に行われる「どぶろく祭り」で知られています。
和銅3年(710年)に始まったとされる祭りで、氏子たちが仕込んだどぶろくを神前に供え、参拝者にも振る舞います。
この祭りは、五穀豊穣や無病息災を願う神事として受け継がれてきました。
杵築市の資料によると、どぶろくの仕込みは9月25日の醸造始めの儀から始まり、酒精検査や口開祭などを経て、例大祭を迎えます。
酒を造ることも、祭りを支える大切な神事の一部になっているのです。
白鬚田原神社の御祭神には、天津日高彦穂瓊瓊杵命、猿田彦大神、天宇受売命などが伝えられています。
ここでは、大山咋神を酒造りの神として祀っているわけではありません。
松尾大社や佐香神社とは異なり、氏子たちが酒を醸し、神に供える祭礼が続いている神社です。
同じ酒に関わる神事であっても、その形は異なっています。
酒は、神と人をつなぐものだったのか
松尾大社では、山の神として祀られてきた大山咋神が、酒造りを守る神として信仰されています。
佐香神社には、神々が酒を造り、宴を開いたという伝承が残り、今もどぶろくを醸す祭りが続いています。
そして国東半島の白鬚田原神社では、地域の人々が酒を造り、神前に供える祭りが受け継がれています。
酒造りの技術を守る神。
酒を造ったという伝承が残る神社。
人々が酒を醸し、神に捧げる祭り。
それぞれに違いはありますが、酒が神事の中で大切な役割を担ってきたことが分かります。
酒は、人々が日々の営みの中で造り、神に捧げ、神とともにいただくものでもありました。
酒に関わる神社を訪ねてみると、酒造りの歴史だけでなく、神と人との関わり方も見えてくるようです。


