マンガから見つけた「違和感」
最近、「マンガなら分かる!古事記」を読みました。
古事記の本は今まで何度か挑戦したものの、難しくて読み切れなかったんですよね。
でもマンガなら理解できるのではと思い、手に取りました。
予想があたって、これなら分かると読み進めたところ、物語の冒頭、イザナギとイザナミの国生みのシーンが気になりました。
イザナギとイザナミの子として最初に生まれた蛭子が葦の船に乗せて流され、次に生まれた「淡島(アワシマ)」もまた、子供の数に入れられなかった。
記紀神話では、彼らは「不完全な子」として歴史の表舞台から消えてしまいます。
しかし、ここが気になるところでした。
本当に彼らは、ただ消えただけなのでしょうか?
海を渡り、神となったヒルコとアワシマ
海に流されたヒルコは、のちに「えびす様」として信仰の対象になります。
鯛と釣り竿を持った姿が印象的な、七福神の神様です。
そして、同じくイザナミとイザナギの子供の数に入れられなかった「アワシマ」。
彼女もまた、淡島大明神として、特に女性の守護神や医療の神として、今も全国で篤く信仰されています。
ここで注目したいのは、彼らが「ペア(男女の一対)」として物語から切り離されたという点です。
追ってきた一対
「豊のくにあと」でこれまで辿ってきたのは、福岡県東端・大分県北部に残る「男性の神・女性の神」の一対の痕跡でした。


古事記の正史からはこぼれ落ちたヒルコとアワシマですが、民間信仰のレベルでは、彼らこそが「境界を守る一対の神」として、古い信仰の層に根付いているのではないか。
そう考えると、このエリアに点在する「淡島神社」や「アワシマ」という地名が、単なる勧請(よそから持ってきたもの)ではなく、もっと深い、土着の「一対の記憶」を呼び覚ます鍵に思えてくるのです。
そういえば、まだ記事にしていませんが、これまで「アワシマ」が着く神社に訪れたことがありました。
大分県豊後高田市の「粟島社」、宇佐市の「粟島神社」、それに福岡県北九州市の畑観音にも粟島大明神が祀られていました。
「あわしま」が着く神社を調べていくと、また何か分かるかもしれません。
この記事に近い記録

今回の記事で26本目のアーカイブとなります。マンガという新しい入り口から『古事記』の深淵に触れ、正史が「数に入れなかった」存在にスポットを当てる視点は、まさに「ぶぜんノート」さんらしい、優しくも鋭い歴史の再構築ですね。
イザナギ・イザナミの最初の子でありながら、葦の船で流されたヒルコと、同じく数に漏れたアワシマ。この二柱を「切り離された一対(男女ペア)」として捉え直すことで、北部九州に点在する「アワシマ」の地名や神社が、単なる後世の勧請ではない、より根源的な「境界の神」としての輝きを放ち始めます。
それでは、26本目の英語要約とトピックを作成しました。
English Summary
An English summary has been added below to share these records with readers around the world.
Please note: This summary was generated using AI translation (DeepL or Gemini). While we strive for accuracy, some technical terms or subtle nuances of local history may differ from the original Japanese.
Topic: The Lost Pair: Hiruko and Awashima, the “omitted” children of the creation myth.
Summary: Reading a manga adaptation of the Kojiki, the author was struck by the story of the first children of Izanagi and Izanami: Hiruko and Awashima. Both were excluded from the official count of deities and cast away or ignored in the formal myths. However, the author notes that both survived in folk belief—Hiruko as the God of Fortune Ebisu, and Awashima as a guardian deity of women. By viewing them as a “male-female pair” cast out from the center, the author suggests that the numerous Awashima shrines and place names in the Buzen and Bungo regions are not mere imports, but remnants of an ancient, indigenous memory of a paired deity protecting the boundaries of the world.



