地震を鎮める神と要石――鹿島・香取から、名居神社と大村神社へ

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前回まで、地震を起こす存在として考えられてきた龍やナマズについて見てきました。

では、反対に、地震を鎮める神様はいたのでしょうか。

よく知られているのが、茨城県の鹿島神宮と千葉県の香取神宮です。

この二つの神社には、それぞれ「要石」と呼ばれる石があり、地震を起こす大ナマズを押さえているという伝承が残されています。

さらに調べてみると、三重県にも、地震にまつわる由緒や要石を持つ神社がありました。

地震を起こすものだけでなく、それを鎮めようとする神や石にも、人々の祈りが向けられてきたようです。

目次

鹿島神宮の要石と武甕槌神

茨城県鹿嶋市に鎮座する鹿島神宮。御祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)です。

武甕槌神は、『古事記』や『日本書紀』に記された国譲り神話にも登場します。高天原から葦原中国へ遣わされ、大国主神に国を譲るよう迫った神の一柱です。

鹿島神宮の境内には「要石」と呼ばれる石があります。

地上に見えている部分は小さいものの、地中深くまで埋まっていると伝えられています。そして、地震を起こす大ナマズの頭を押さえているというのです。

鹿嶋市の解説によると、安政2年(1855年)の大地震の後、江戸では鹿島大明神がナマズを押さえつける姿を描いた「鯰絵」が流行しました。

また、鹿島の要石には、次のような歌も伝わっています。

「ゆるぐともよもや抜けじの要石 鹿島の神のあらん限りは」

地震で大地が揺れても、鹿島の神がいる限り要石は抜けない。そんな願いが込められた歌です。

要石は、地震を鎮める神の力を象徴する存在として、人々に信仰されてきたのでしょう。

香取神宮の要石と経津主神

千葉県香取市に鎮座する香取神宮。御祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)です。

経津主神もまた国譲り神話に登場し、武甕槌神とともに葦原中国へ遣わされたとされています。

香取神宮にも、鹿島神宮と同じく要石があります。

二つの要石は形が異なり、鹿島神宮のものは凹形、香取神宮のものは凸形をしています。

香取神宮の公式案内では、両神宮の大神が地中深くに石棒を差し込み、大ナマズの頭と尾を押さえたという伝承が紹介されています。

一般には、鹿島の要石が頭を、香取の要石が尾を押さえていると説明されることもあります。

国譲り神話でともに登場する二柱の神が、地震を鎮める伝承でも結びついているのです。

ただし、国譲り神話そのものに、二柱が要石でナマズを押さえたという話があるわけではありません。神話と、後世に伝えられてきた地震除けの信仰は、分けて見ておく必要があります。

地震の神を祀る伝承と名居神社

鹿島・香取の要石を調べていると、三重県名張市に鎮座する名居神社が目に留まります。

三重県神社庁の由緒によると、『日本書紀』には、推古天皇7年(599年)に大和地方を中心とした大地震が起こり、その後、諸国に地震の神が祀られたという記事があります。

名居神社は、この出来事に関わる伊賀の地の神社として伝えられています。

また、「ナイ」を地震を意味する古語とする説も紹介されています。

現在の御祭神は大己貴命を主祭神とし、少彦名命、天児屋根命、市杵島姫命、事代主命、蛭子命なども祀られています。

鹿島神宮のように、要石で大ナマズを押さえるという伝承とは少し異なります。

こちらは、地震の神を祀ったという由緒を持つ神社です。

地震を起こす存在を想像するだけでなく、地震に関わる神を祀り、鎮めようとしてきた人々の姿が浮かんできます。

大村神社の要石

もう一つ、三重県伊賀市にある大村神社も、地震除けの信仰で知られています。

主祭神は大村神。

三重県神社庁の由緒では、阿保氏族の始祖とされる息速別命(いきはやわけのみこと)と説明されています。

境内には要石が祀られており、地震除災の霊石として信仰されてきました。

大村神社には、武甕槌神と経津主神も配祀されています。

鹿島・香取の二柱とのつながりも気になるところです。

文化庁の調査報告でも、大村神社の要石が紹介されています。

境内の要石が地震を起こす大ナマズを押さえているという伝承が記されています。

大村神社にも、次のような歌が伝わっています。

「ゆるぐともよもやぬけまじ要石 大村神のあらんかぎりは」

鹿島神宮に伝わる歌とよく似ています。

同じように、要石が揺るがないことと、神の存在を結びつけているのが興味深いところです。

地震を起こすものと、鎮めるもの

ここまで見てきた神社を並べてみます。

  • 鹿島神宮:武甕槌神と要石。大ナマズの頭を押さえるという伝承。
  • 香取神宮:経津主神と要石。鹿島とともに大ナマズを押さえるという伝承。
  • 名居神社:『日本書紀』の推古7年の地震記事に関わる、地震の神を祀ったという由緒。
  • 大村神社:大村神を主祭神とし、境内の要石が地震除災の霊石として信仰されている。

同じ「地震を鎮める」という信仰でも、その姿は一様ではありません。

神の力によって地震を抑えるという伝承もあれば、石そのものに地震を鎮める力を見いだした信仰もあります。また、名居神社のように、地震の神を祀ったという由緒を伝える神社もあります。

大地が揺れるという、人の力ではどうにもならない現象に向き合うなかで、各地の人々は、どのような神や石に願いを託してきたのでしょうか。

地震を起こす龍やナマズ。そして、それを鎮める神や要石。

両方を並べてみると、昔の人々が地震という現象をどのように捉え、向き合ってきたのか、少しずつ違った姿が見えてきます。

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