月の神は、なぜ目立たないのだろう

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日本の神話を読んでいると、太陽の神である天照大御神に比べて、月読命の存在感がずいぶん薄いように感じます。

気になって少し調べてみました。

日本では明治時代に太陽暦が採用されるまで、長く太陰太陽暦が使われていました。

月の満ち欠けは、暮らしや暦とも深く関わっていたはずです。

それなのに、月の神を祀る神社は、太陽神を祀る神社ほど多く目にすることがありません。

北部九州でも、数は多くないものの、月の神を祀る神社が見つかります。

また、月読命について調べていくと、須佐之男命と関連する神話上の要素も見られました。

月の神は、古代の人々にとってどのような存在だったのでしょうか。

神話のなかで語られることが少ないのはなぜなのか。実際の信仰とは、どのような関係にあったのでしょう。

まだ分からないことも多いですが、ひとまず気づいたこととして記録しておきます。

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福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
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