高千穂に残る「天真名井」。
天孫降臨の際、天村雲命が高天原から水の種を持ち帰り、この地に水をもたらしたという伝承が残る場所です。
この天真名井について調べていたとき、近くにある小さな社が目に留まりました。
「宮地嶽社」です。
御祭神は、宗像三女神。
奥津島比売命、市杵島比売命、多岐津比売命の三柱が祀られています。
ここで、少し不思議に思いました。
宮地嶽神社といえば、福岡県福津市にある宮地嶽神社を思い浮かべます。
全国の宮地嶽神社の総本宮として知られるこの神社の、現在の御祭神は、息長足比売命(神功皇后)、勝村大神、勝頼大神の三柱です。
宗像三女神ではありません。
ただし、福津の宮地嶽神社が紹介する昭和19年刊行の『福岡県神社誌』には、宗像三女神にあたる神々の名も記されています。
同社の由緒には、神功皇后が宮地嶽の山上で宗像三柱大神を招き、祈願したという伝承も残っています。
では、高千穂の宮地嶽社は、どのような経緯で宗像三女神を祀るようになったのでしょうか。
もうひとつ気になるのは、その場所です。
日本神話では、宗像三女神は天照大神と須佐之男命の誓約(うけい)によって生まれた神々です。
『日本書紀』には、その誓約の場面に天真名井が登場します。須佐之男命の剣を天真名井の水ですすぎ、そこから三女神が生まれたとされています。
その天真名井の近くに、宗像三女神を祀る宮地嶽社がある。
神話の記述と、現在の社の配置を並べてみると、何か気になるものが残ります。
宗像との歴史的なつながりがあったのか。
神話にちなんで祀られたものなのか。
宮地嶽という社名には、どのような由来があるのか。
今のところ、答えはありません。
ただ、高千穂を歩いていて見つけた、小さな社と天真名井の位置関係。
ひとまず、気づいたこととして記録しておきます。
参考
- 宮崎県「神代川の概要」 — 高千穂の宮地嶽社の御祭神と天真名井に関する神話の説明
- 宮地嶽神社「御祭神・御由緒」 — 福津市の宮地嶽神社の現在の御祭神
- 宮地嶽神社「昭和19年刊行の『福岡県神社誌』」 — 戦中の神社誌に記載された祭神と由緒の紹介
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