宇佐神宮の「式年造営」と祇園祭に似た構造について考えたこと

no image 豊のくにあと
  • URLをコピーしました!

宇佐神宮の歴史を調べている中で、「宇佐ふるさとの歴史」に大変興味深い記述を見つけました。

それが、かつて宇佐神宮で行われていた「33年ごとの式年造営」です。

伊勢神宮の式年遷宮のように、宇佐神宮でも一定周期で社殿を新しく造り替える神事が行われていたといいます。

特に印象的だったのは、造営の途中で、ご神体を「仮殿(かりでん)」へ移していたという記述でした。

本によると、宇佐神宮では33年ごとの造営のうち、28年目に仮殿を建築。

30年目にご神体を正殿から仮殿へ遷し、その後、新しい正殿の造営を開始。

そして33年目に、新しい正殿へご神体を戻していたそうです。

この仮殿は、小倉山北側、菱形池の北方——現在の頓宮付近にあったとされています。

ここで気になったのが、「祇園祭」との構造的な類似でした。

祇園祭でも、神は神輿に乗って町へ移動します。

そして一定期間「御旅所(おたびしょ)」へ滞在し、再び本来の社へ戻っていきます。

宇佐神宮の式年造営もまた、

  • 神が移動する
  • 仮の場所へ遷る
  • 地域全体が祭礼に参加する
  • 巨大な共同事業として行われる

という点で、非常によく似た構造を持っているように感じました。

もちろん、宇佐神宮の式年造営が祇園祭の起源である、という意味ではありません。

ただ、日本各地に残る「神幸祭」や「祇園祭礼」の背景には、こうした「神を移動させる祭り」という古い感覚が共通して存在していたのかもしれません。

実際、豊前地域の祇園祭を見ても、海や川との関係が色濃く残っています。

豊前市の八屋祇園では、神事が吉木の貴船神社や乙女神社でも行われるそうです。

大富神社には海に関わる山車があり、「舟歌」も伝わっています。

まだ実際に祭りを見たわけではないため、現段階では断定はできません。

ですが、宇佐神宮の式年造営、頓宮、神幸祭、祇園祭、そして海の信仰。

これらは別々に存在しているのではなく、どこかでつながった文化の断片なのではないか——そんなことを考えています。

深く読みたい方は

豊のくにあとの内容を深く読むには
→ 歴史の謎の記事をまとめて読む

写真と記録は、ZINEとして紙媒体に残しています。
→ ZINE一覧はこちら

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

豊のくにあと運営者。
福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
活動エリアは、北九州から東〜中津〜宇佐〜国東半島の北西部。
拠点は、築年数不明の古民家を借りて開いた小さな図書館。
古代史が好きで、歴史旅サイト「豊のくにあと」を運営しています

免責事項とお願い

当サイトの記事の考察は、史書に基づかない推察を含みます。あくまで一つの仮説としてお楽しみください。

目次