右三つ巴紋を追っていたら、宇佐神宮の「善神王」にたどり着いた

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宇佐神宮と逆向きの「右三つ巴紋」を追いかけています。

始まりは、国東半島の北端にある伊美崎社でした。

Googleマップに投稿されていた写真を見ていて、鳥居の扁額に「菊理媛命」と刻まれていることに気づきました。

そして、そこで見つけたのが、宇佐神宮とは逆向きに見える右三つ巴紋でした。

なぜ、ここに右三つ巴紋があるのだろう。

そこから、紋を追い始めました。

目次

右三つ巴紋と海を追う

右三つ巴紋のある神社を探しながら、海との関係を見ていきました。

すると、北部九州の海沿いにいくつもの神社がつながっていく。

その中でたどり着いたのが、宗像市の織幡神社でした。

ここで私は、武内宿禰と高良大社の高良玉垂命が同一視されることを知りました。

右三つ巴紋を追っていたはずが、

いつの間にか、

武内宿禰

という名前を追うようになっていました。

そして、その先で出会ったのが、

善神王(ぜじんおう)

という名前でした。

大分で「善神王」と呼ばれる神

大分県国東市の赤根地区には、「善神王祭」という祭りがあります。

出典:bungo7481

国東市の文化財の説明には、善神王は武内宿禰のことだと記されています。

そして、赤根の善神王は江戸時代に大分の賀来神社から勧請されたものだとも書かれていました。

さらに、国東市内には善神王を祀った場所として、伊美崎社なども挙げられています。

ここで、また「伊美崎社」が出てきます。

最初に右三つ巴紋を見つけた、あの神社です。

伊美崎社
伊美崎社

国東半島の祭りを追って、賀来神社を調べると

国東半島で行われている武内宿禰の祭りを調べていくと、今度は大分市の賀来神社にたどり着きました。

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豊のくにあと運営者。
福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
活動エリアは、北九州から東〜中津〜宇佐〜国東半島の北西部。
地域の古い痕跡を歩いて探し、歴史サイト「豊のくにあと」を運営しています。

拠点は、築年数不明の古民家を借りて開いた小さな図書館
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地域で活動する個人や団体向けに、「自分で育てられるホームページづくり」のワークショップも行っています。(古民家図書館・オンライン対応)

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