宇佐神宮と逆向きの「右三つ巴紋」を追いかけています。
始まりは、国東半島の北端にある伊美崎社でした。
Googleマップに投稿されていた写真を見ていて、鳥居の扁額に「菊理媛命」と刻まれていることに気づきました。
そして、そこで見つけたのが、宇佐神宮とは逆向きに見える右三つ巴紋でした。
なぜ、ここに右三つ巴紋があるのだろう。
そこから、紋を追い始めました。
右三つ巴紋と海を追う
右三つ巴紋のある神社を探しながら、海との関係を見ていきました。
すると、北部九州の海沿いにいくつもの神社がつながっていく。
その中でたどり着いたのが、宗像市の織幡神社でした。

ここで私は、武内宿禰と高良大社の高良玉垂命が同一視されることを知りました。
右三つ巴紋を追っていたはずが、
いつの間にか、
武内宿禰
という名前を追うようになっていました。
そして、その先で出会ったのが、
善神王(ぜじんおう)
という名前でした。
大分で「善神王」と呼ばれる神
大分県国東市の赤根地区には、「善神王祭」という祭りがあります。
国東市の文化財の説明には、善神王は武内宿禰のことだと記されています。
そして、赤根の善神王は江戸時代に大分の賀来神社から勧請されたものだとも書かれていました。
さらに、国東市内には善神王を祀った場所として、伊美崎社なども挙げられています。
ここで、また「伊美崎社」が出てきます。
最初に右三つ巴紋を見つけた、あの神社です。

国東半島の祭りを追って、賀来神社を調べると
国東半島で行われている武内宿禰の祭りを調べていくと、今度は大分市の賀来神社にたどり着きました。
賀来神社の祭神は、
武内宿禰(善神王)と建磐龍命。
建磐龍命は、阿蘇神社の主祭神です。
つまり、ここでも、
善神王=武内宿禰
と、
阿蘇=建磐龍命
が並んでいます。

「奇しきエビス」と呼ばれるもの
さらに調べていくと、国東半島には「奇しきエビス」と呼ばれるケベスさまのように、簡単には説明できない神事や神の姿が残っています。

神の名前は、地域によって変わる。
同じ神が、別の名前で呼ばれる。
ある場所では武内宿禰。
ある場所では善神王。
そして、その神が別の神と組み合わされて祀られている。
そんなものを一つずつ拾ってきました。
そして、宇佐神宮へ
ここまで来ても、まだ宇佐神宮の「善神王」には気づいていませんでした。
ところが、今回、久しぶりに宇佐神宮を歩いていて、上宮の正面にある南中楼門について調べました。

南中楼門は、宇佐神宮の神宮内郭の南正門で、通常は開かない勅使門です。
そして宇佐神宮の公式サイトには、ここが善神王神社であり、
高良大明神・阿蘇大明神
の二神を御門の神として祀っているとあります。
ここで、私は立ち止まりました。
高良大明神と阿蘇大明神
右三つ巴紋を追っていた。
海を追った。
織幡神社で武内宿禰と高良玉垂命のつながりを知った。
国東半島で善神王という名前に出会った。
その善神王を追って、賀来神社に行き着いた。
賀来神社では、
善神王=武内宿禰
と、
建磐龍命=阿蘇神
が並んで祀られていた。
そして宇佐神宮の上宮正面には、
善神王神社
があり、
そこには、
高良大明神と阿蘇大明神
が祀られている。
これは、私にとってかなり大きな発見でした。
地図の上でも、気になることがある
もう一つ、以前から気になっていたものがあります。
北部九州で見つけてきた神社を地図に置き、線を引いていくと、豊前から久留米、大分、阿蘇へとつながっていく。

正三角形や二等辺三角形のように見える形。
さらに、広島の厳島神社から伸ばした直線も、その中に重なってきました。
もちろん、これは私が地図上で見つけた形です。
古代の人がこの線を引いた、という話ではありません。
それでも、神社を一つずつ調べて、位置を置いていくと、なぜか同じような場所が線の上に現れてくる。
その南側の頂点として見ていたのが、熊野鳴滝神社でした。
Googleマップの投稿写真を見ていると、そこにある二つの神輿には、それぞれ左右の三つ巴紋が刻まれていました。
右と左。
一つではなく、二つ。
これもまた、気になっています。
右三つ巴紋から、ここまで来た
最初は、
「なぜ宇佐神宮とは逆向きの右三つ巴紋が、伊美崎社にあるのだろう。」
それだけでした。
それが、
右三つ巴紋
↓
海
↓
織幡神社
↓
武内宿禰
↓
高良玉垂命
↓
善神王
↓
国東半島
↓
賀来神社
↓
阿蘇
↓
宇佐神宮
と、少しずつつながってきました。
そして今、宇佐神宮の上宮正面に立つ南中楼門に、
「善神王」
という名前を見つけました。
しかも、その御門の神は、
高良大明神と阿蘇大明神。
ずっと右三つ巴紋の痕跡を追っていた私にとって、これはかなり大きなところまで来たように感じています。
まだ、答えが出たわけではありません。
むしろ、ここからです。
なぜ宇佐神宮の南正門に善神王がいるのか。
なぜ高良大明神と阿蘇大明神なのか。
そして、国東半島から豊後、豊前、筑後、阿蘇へと続いて見えるこのつながりは、一体何なのか。
もう少し、追ってみようと思います。
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