以前から、気になっている名前がありました。
「真名井(まない)」です。
福岡県宗像市の大島を訪ねたとき、宗像大社中津宮の境内に「天の真名井」という泉があることを知りました。
また、大分県日出町にも「真那井」という地名があります。
同じ「まない」という読みを持つ名前が、離れた場所に残っている。
真名井とは、いったい何を意味するのでしょうか。
調べてみると、古くから神話や神社の伝承に登場する言葉であり、各地の泉や井戸にもその名前が残されていました。
真名井とは、どんな意味なのか
「真名井」は「まない」と読みます。
辞書では「井の美称」と説明されています。
つまり、井戸や泉を敬って呼ぶ言葉です。
古くは『日本書紀』にも「天真名井」という名前が登場します。
天照大御神と素戔嗚尊が誓約(うけい)を行う場面です。
天照大御神は、素戔嗚尊が持っていた剣を受け取り、それを三つに折って天真名井の水ですすぎ、口に含んで吹き出します。
そこから宗像三女神が生まれたとされています。
この神話に登場する天真名井は、神々の誓約に関わる水として描かれています。
ただし、真名井という言葉が、各地の泉すべてに同じ由来で付けられたわけではありません。
神話に登場する天真名井の名前を重ねた場所もあれば、古くからの泉に敬称として名付けられた場所もあると考えられます。
宗像大社中津宮の「天の真名井」
福岡県宗像市の大島に鎮座する宗像大社中津宮。
御祭神は、宗像三女神の一柱である湍津姫神(たぎつひめのかみ)です。
境内には「天の真名井」と呼ばれる泉があります。
また、その近くには「天の川」と呼ばれる小川が流れ、川を挟んで牽牛社と織女社が鎮座しています。
中津宮には七夕にまつわる伝承が残されており、現在も七夕祭が行われています。
この泉について、興味深い記録があります。
江戸時代に編纂された『筑前国続風土記』には、御嶽山の麓に清らかな水が湧く井戸があり、神職の家では神話に登場する「天真名井」になぞらえて大切にしていたという内容が見えるとされています。
大分県日出町に残る「真那井」
もう一つ気になったのが、大分県速見郡日出町の「真那井」です。
現在も日出町真那井という地名が残っています。
『日本歴史地名大系』によると、真那井は中世には「真奈井」と表記されていました。
弘安年間の豊後国の史料には、「真奈井・野木乃井村」という地名が記されています。
少なくとも中世には、この地域に「まない」という地名が存在していたことになります。
ただし、ここで注意したいことがあります。
現在のところ、日出町の真那井という地名が、神話の天真名井に由来するという確かな資料は確認できませんでした。
同じ読みを持つ地名が残っていることは興味深いものの、宗像の天真名井と直接結びつけることはできません。
地名の由来については、もう少し調べてみたいところです。
丹後・籠神社の奥宮にある真名井神社
京都府宮津市には、籠神社の奥宮である真名井神社があります。
籠神社は、伊勢神宮の元宮とされる「元伊勢」の一つです。
宮津市の解説によると、真名井神社は、かつて籠神社が鎮座していた真名井原に位置し、豊受大神をはじめ、天照大神や伊射奈岐大神・伊射奈美大神などを祀っています。
籠神社の社伝では、豊受大神は神代に真名井原(現在の真名井神社)に鎮座していたとされています。
高千穂に残る「天真名井」
宮崎県高千穂町にも「天真名井」と呼ばれる泉があります。
槵觸神社の近くにあり、欅の老木の根元から水が湧き出ています。
高千穂町の伝承では、天孫降臨の際、この地には水がなかったため、天村雲命が高天原から水の種を持ち帰り、この場所に移したとされています。
その水は御神水として大切にされてきました。
また、高千穂町の資料によれば、かつては生活用水や酒造りにも利用されていたそうです。
近くには高千穂峡の「真名井の滝」もあります。
ただし、天真名井と真名井の滝は同じ場所ではありません。高千穂町には、天真名井の水が滝へ流れ落ちるという伝承も残されています。
各地に残る「真名井」という名前
今回見てきた場所を並べてみると、真名井という名前は、さまざまな形で残されていることがわかります。
宗像大社中津宮では、神話に登場する天真名井に比べられた泉。
日出町では、中世の記録にも残る地名。
丹後では、豊受大神の伝承や元伊勢信仰と結びついた真名井神社。
高千穂では、天孫降臨にまつわる水の伝承が残る泉。
それぞれの場所で、真名井という名前がどのように受け継がれてきたのかは同じではありません。
ただ、古くから水を大切にしてきた人々が、泉や井戸に特別な名前を与え、神聖な場所として伝えてきたことはうかがえます。
「真名井」という名前は、ほかの地域にも残っています。
同じ名前だからといって、すべてが同じ信仰や由来を持つとは限りません。
それでも、各地に残る真名井を一つずつ見ていくと、古代の人々が水をどのように捉え、どのように祀ってきたのかを考える手がかりになりそうです
参考
- コトバンク「真名井」 — 「井の美称」という言葉の意味と、古い用例。
- 宗像市公式観光ガイド「宗像大社と大島で世界遺産を巡るコース」 — 中津宮の天の真名井、天の川、七夕伝承。
- むなかた電子博物館「歴史・文化」 — 『筑前国続風土記』に記された天真名井の由来。
- コトバンク「真那井村」 — 日出町の真那井村と中世の地名記録。
- 宮津市「真名井神社と元伊勢信仰」 — 真名井神社、豊受大神、元伊勢の伝承。
- 宮津市「古代から現代まで続く宮津の超絶パワースポット〜眞名井神社〜」 — 天の真名井の水に関する社伝。
- 高千穂町「天真名井」 — 天村雲命と水種の伝承。
- 宮崎県「神代川とは」 — 天真名井の湧水と周辺環境の変化。
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