英彦山(ひこさん)の(ひこ)から連想した「彦島」、「彦星」つながり

no image 豊のくにあと
  • URLをコピーしました!

北九州市に住んでいたときに「英彦山(ひこさん)」の存在を知った。

当時、家族が勤めていた会社のトップが毎年詣でる場所と聞いたからだ。

何か特別な場所なのだろうか、しかし「英彦山」って「ひでひこさん」って読んでしまうなと思っていた。

その後、史跡巡りから歴史の謎にどっぷりつかっていくわけだが、地名を変えられているんじゃないかと思う場所が結構あった。

「志賀島(しかのしま)」がそうだ。

鹿の角が一万本奉納されていたそうだが、いくらなんでもその数の「鹿」の角があれば、鹿と関連するのは間違いないだろうと素人でも思う。

でも不思議と「志賀島」と思っているうちは、そんなこと意識をしたことがなかった。

字を変えられると、やはり分からなくなる。

だからだろうか、「英彦山」も気になっている。

古くは「日子山」、それから「彦山」、さらに「英彦山」へ変化したらしい。

「彦山」だけなら読みやすいのに、なぜ「英」がつけられたのだろうと。

そうずっと疑問に思っていたら、あるとき「英彦山」のニュースの後、山口県の「彦島」のニュースが流れてきて、「あっ」とした。

「彦」つながりだ。

北九州に住んでいた時でも、彦島は遠く、よく知らなかったけど、調べてみたら海に関する神社が多い。

えびす神社に、こんぴらさま。

「日」につながる海。

「彦」とつながる言葉は他に「彦星」もある。

織姫と彦星、織姫は「瀬織津姫」と同一視する説もあり、以前からちゃんと調べないとと思っている。

北部九州に残る「彦」について、また調べて分かることがあれば記事にしていきたい。

深く読みたい方は

豊のくにあとの内容を深く読むには
→ 歴史の謎の記事をまとめて読む

写真と記録は、ZINEとして紙媒体に残しています。
→ ZINE一覧はこちら

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。
2021年に移住。フォトライターとして取材・インタビューを重ねる傍ら、このメディアを運営し、ZINEを制作・販売しています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も両方を媒体にして、このエリアのことを記録しています。

広報1年生向けの
ジモッシュ!

免責事項とお願い

当サイトの記事の考察は、史書に基づかない推察を含みます。あくまで一つの仮説としてお楽しみください。

目次