英彦山付近を源流とする「祓川」沿いの熊野神社
祓川は、福岡県みやこ町と行橋市を流れる川です。
今回訪問した今井熊野神社は海が近い、川のそばにありました。

今井熊野神社から徒歩7分の場所に、祓川の水源地である英彦山の最も古い神事のひとつ「お汐井とり」に関わる場所があるようでした。
こちらの記事によると「英彦山では、毎年2月末に、英彦山の松会祈年祭の行事のため、今川、祓川流域の約40kmの道を辿り、行橋市沓尾海岸・姥ヶ懐で禊をし、潮水を竹筒に汲み、英彦山へ持ち帰って山内を清める『お汐井とり』が、平安時代から千年余り続けられています。」とありました。
GoogleMapの口コミには「英彦山御潮井採りで、英彦山を出発した神職の方が沓尾浜の姥ケ懐で潮井採りをする前日に接待を受ける場所。」と書かれていました。
今井熊野神社へ

住宅街の細い道をまっすぐ歩いていくと、鎮守の森と鳥居が見えてきました。

国指定文化財 豊前神楽
今井神楽
指定種別 重要無形民族文化財
指定年月日 平成二十九年四月十五日
豊前神楽はかつての豊前国のエリア(福岡県東部から大分県北部)に伝わる神楽の総称です。御先 (鬼)が登場する演目が豊富であることや、神話を題材にした演目を重視するなどの特徴があります。行橋市内には現在四つの神楽が伝承されており、今井神楽の他に稲童神楽、道場寺神楽、元永神楽が活動しています。
今井神楽は今井神楽講によって継承されています。 今井神楽講は昭和十三年(一九三八)に小原神楽講(築上町)の宮本菊太郎に教えを請うたことが始まりです。太平洋戦争などの影響で度々中断しましたが、その都度復興し、現在に至ります。
今井神楽が奉納される熊野神社は『京都郡誌』に「旧平島手永の十四ヶ村の大社として(中略)例年九月二十二日には手永中より神楽を奉納せり」とあります。現在は元日、四月の神幸祭、十月の新嘗祭で奉納され、元日には元永の今井津須佐神社にも奉納されます。今井神楽では「御先」 や 「岩戸開き」など六演目が継承されています。
今井神楽講は神楽の普及や後継者の育成のための活動として、地元の小・中学校で神楽を披露しています。
※1 手永は江戸時代の行政区。平島手永は今井、真菰(まこも)、津留(つる)、道場寺、徳永、草場、平島、柳井田、天生田、流末、青峰、崎野、宮市の各村。
※2 建長六年(一二五四)に今井に建立されたが、天正年間(一五七三一五九二)に戦乱を避けて元永へ遷座した。
Buzen kagura is a local traditional and sacred dance
One of the features of Buzen kagura is that demon comes on stage in many repertoire
And theme of repertoire is a lot of motif of Japanese mythology
「御先」
サルタヒコはアマテラスの神勅で天降った神々を道案内しようとするが、鬼と誤解されてしまう。
「四方鬼(しほうき)」
四人の神はそれぞれ春夏秋冬を表す。五穀豊穣や天下泰平を祈願する。
「岩戸開き」
天岩戸をこじあけたアメノタヂカラオ。奥にはアマテラスに見立てた灯明が見える。
行橋市教育委員会
行橋市の今井神楽は築上町の小原神楽講から伝わったもののようです。

鳥居の扁額には「熊野神社」と刻まれていました。


鳥居の手前には二本の石柱が建っていました。
古いものと、新しいもの。
「大正」と「平成」です。


鳥居の足元の狛犬です。

社殿側に進みます。
拝殿の左右にあるのは神楽殿のように見えました。
拝殿の両側に神楽殿がある神社は、今までほかで見たことがありません。

屋根を見ると、鬼瓦の上に鯱と雲の彫刻が刻まれていました。
屋根で目立つものといえばほかに「三階菱紋」。
「三階菱紋」は豊前小倉藩の小笠原氏の家紋であり、行橋市の神社ではよく見かけられるとのこと。

社殿の手前には狛犬、石灯籠があります。
石灯籠の土台から上、「竿」と呼ばれる部分が円柱です。

拝殿右側の神楽殿らしき建物へ。
よく見ると、天井下に色々なものが飾られています。

三階菱紋が刻まれたこちらは何かの屋根の一部のように見えます。

木彫りの絵です。
こちらも他の神社では見た覚えがありません。




それぞれ違うシーンが刻まれていました。

木彫りの絵と反対側の天井下には「菊」のような花の意匠。

拝殿にかけられているのは、神楽の鬼の面のようでした。
天狗のように高く、長い鼻です。


拝殿前の狛犬を後ろ側から見てみました。

社殿に向かって右側に回った先に、木にかけられたしめ縄が見えました。

建物を右側から回り込んでいくと、木の根元に石祠ありました。

石祠の上部に何か刻まれているようです。
宝珠のようでした。

石祠の左手にある拝殿の屋根を見ると、ここにも鯱がありました。

拝殿の奥には本殿。

本殿の屋根の下の彫刻。
何か顔のようなものが見えます。

牛?鬼?
牛といえば「牛頭天王」が浮かびました。
熊野神社の本殿に牛の顔が刻まれている理由は私には分かりませんが、気になりました。

本殿の真後ろに回り込んだところ。

本殿の裏側から、玉垣沿いに回り込んでいくと、建物と、上部しか残っていないような石灯籠が見えてきました。

境内の逆側で見たような小さな石祠と、屋根付きのお堂です。

一番大きな木像は、打出の小槌と袋を持っているので「大黒様」ですね。
その木像の左側には、鯛を持つエビスさま。

エビス様たちの前を通り過ぎ、反時計周りで進んでいくと、また別の石祠が見えてきました。

水は枯れているけれど、池の跡のようでした。
池の小島の上に石祠が祀られていました。
島には橋で渡れるようです。
おわりに

今井熊野神社を歩いてみると、気になるものを沢山見つけることができました。
ただ後で写真を見返して、牛の顔の彫刻が刻まれていた本殿の逆側には何か刻まれていたのかを見るのを失念していました。
次回訪れることがあれば、忘れずに見たいと思います。
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